IE9ピン留め

宝永地震(ほうえいじしん)・と宝永大噴火(ほうえいだいふんか)

千七百三年(元禄十六年十二月三十一日)、関東に於いて「元禄大地震(げんろくおおじしん)」が発生する。
元禄大地震(げんろくだいじしん)は、後の、千九百二十三年(大正十二年)に発生した「関東大震災(かんとうだいしんさい)とは同型である」と解明されている。

元禄大地震(げんろくおおじしん)から僅か四年後、千七百七年(宝永四年十月二十八日)、大規模な地殻変動が起り、今度は東海道が我が国最大級の大地震「宝永大地震」に見舞われる。
宝永地震(東海 東南海 南海連動)の推定マグニチュードは八・六、東海・東南海地震と南海地震が同時に連動発生した推定マグニチュード八・四~八・六の地震が起こる。
宝永大地震は、現代に大警戒されている関東・東海・南海・東南海連動型巨大地震で、遠州灘・紀州灘でマグニチュード八・四の「史上最大」と言われる巨大地震だった。

宝永地震では土佐国を中心に大津波が襲い、判るだけで死者に万人余、倒壊家屋六万戸余が記録されている。
そしてだめ押しするように、この宝永地震の四十九日後に今度は活火山・富士山が、宝永大噴火と呼ばれる噴火をし、山腹に宝永山(火口)が出現した。

連動する大地震の発生と富士山の大噴火と言う天変地異に見舞われた江戸幕府・徳川政権の五代将軍・徳川綱吉は、後に悪政と指摘される「生類憐みの令」を発令するなど信仰に救いを求めた。

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# by mmcjiyodan | 2012-02-01 14:09 | Trackback | Comments(0) 

延宝・房総沖地震(えんぽうぼうそうおきじしん)

千六百七十七年十一月四日(延宝五年)に日本の千葉県の房総半島沖、太平洋の地下を震源として発生した地震を「延宝地震」とも延宝房総沖地震(えんぽうぼうそうおきじしん)とも呼ばれる。
地震の規模はマグニチュード八と推定され、揺れは顕著でなかったが、千葉県、茨城県、福島県の沿岸部に大津波が襲来し被害は流潰家千八百九十三軒、死者数五百六十九人と伝えられている。

この十一月の延宝房総沖地震(えんぽうぼうそうおきじしん)から六ヶ月半ほど前の四月半ば、三陸沖地震(さんりくおきじしん)の範疇に在ると想われる「延宝十勝沖(陸中)地震」が発生している。
「延宝十勝沖(陸中)地震」は、現在の青森県東方沖(三陸沖北部)で発生していて、マグニチュード七・五程度と考えられている。

延宝(えんぽう)は日本の元号の一つで、この時代の天皇は霊元天皇、江戸幕府将軍は第四代・徳川家綱(いえつな)、第五代・徳川綱吉(つなよし)の代だった。
延宝房総沖地震(えんぽうぼうそうおきじしん)に始まり、一連の天変地異である元禄大地震(げんろくおおじしん)宝永大地震・宝永大噴火(ほうえいだいふんか)に見舞われた第五代・綱吉(つなよし)は、すっかり信心深く成って「生類あわれみの令」の悪名を残す。

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# by mmcjiyodan | 2012-01-30 13:40 | Trackback | Comments(0) 

元慶地震(がんぎょうじしん)

八百七十八年(元慶二年十一月一日)には関東南部でマグニチュード七・四以上の直下型大地震・元慶地震が発生、奥州鎮撫の拠点である相模国・武蔵国が混乱する。
日本の元号の一つ「元慶(がんぎょう、げんけい)」は、清和天皇(せいわてんのう/第五十六代)の第一皇子・陽成天皇(ようぜいてんのう/第五十七代)と、続く光孝天皇(こうこうてんのう/第五十八代)の御世である。
元号としては貞観(じょうがん)の後、仁和(にんわ)の前にあたり、八百七十七年から八百八十五年までの八年間を指す。
この貞観(じょうがん)から仁和(にんわ)にかけての時代は、この元慶(がんぎょう)も含めて地殻変動が活発な時期だった。

この元慶地震(がんぎょうじしん)、伊勢原台地の西南端、平塚市岡崎丸島の平野で行われたボーリングにより明らかにされた「伊勢原断層の活動ではないか」と考えられている。
元慶地震の混乱に乗じて出羽国の夷俘(えみふ/エミシの俘囚)が反乱し、秋田城等を焼く元慶の乱(がんぎょうのらん)が勃発、鎮圧に五~六ヵ月を要している。
この出羽国の夷俘(えみふ/エミシの俘囚)の反乱、立場の違いで朝廷側に言わせると反乱だが、蝦夷の俘囚側にすれば部族抵抗の聖戦である。
つまり七百八十年代以降に桓武天皇の命で坂上田村麻呂が制圧した東北の蝦夷も、この頃はまだ隙あらば抵抗している最中だった。
この年(元慶二年)、朝廷の統治組織として地方官任命交代をスムースにさせる為の令外官・押領使が新設されている。

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# by mmcjiyodan | 2012-01-29 09:54 | Trackback | Comments(0) 

元禄大地震(げんろくおおじしん)

元禄大地震(げんろくおおじしん)は、五代将軍・徳川綱吉(とくがわつなよし)が在任した千七百三年(元禄十六年十二月三十一日)午前二時頃、関東地方を襲ったマグニチュードは八・一と推定されている大地震である。
震源は千葉県・房総半島南端の野島崎と推定され、東経139.8度、北緯34.7度の地点にあたる。
この元禄大地震(げんろくおおじしん)は、千九百二十三年(大正十二年)に起きた大正関東地震(関東大震災)と同タイプの海溝型地震で、その地震以前の関東地震に該当すると考えられている。
但し、この元禄大地震(げんろくおおじしん)の地殻変動は大正関東地震(関東大震災)よりも大きいもので在った。
大規模な地盤変動を伴い、震源地にあたる南房総では海底平面が隆起して段丘を形成した元禄段丘が分布し、野島岬は「沖合の小島から地続きの岬に変貌した」と言う。
相模灘沿いや房総半島南部で被害が大きく、相模国(神奈川県)の小田原城下では地震後に大火が発生し、小田原城の天守も焼失する壊滅的被害を及ぼした。
また、東海道の諸宿場でもこの元禄大地震(げんろくおおじしん)で家屋が多数倒壊した。
上総国を始め、関東全体で十二か所から出火、倒壊家屋約八千戸、死者約二千三百名、被災者約三万七千人と推定される。
この地震で三浦半島突端が約二メートル弱、房総半島突端が約三・五メートル隆起した。また、震源地から離れた甲斐国東部の郡内地方や甲府城下町、信濃国松代でも被害が記録され、京都でも有感であった。
江戸市中よりも相模湾沿岸で家屋の倒壊が著しく、震度七と推定される地域も相模湾岸に集中した。
江戸での被害は比較的軽微で、江戸城諸門や番所、各藩の藩邸や長屋、町屋などでは建物倒壊による被害が出た。
平塚と品川で液状化現象が起こり、「朝起きたら一面泥水が溜っていた」などの記録がある。

江戸時代中期の元禄から宝永年間は、巨大地震が頻発した時期である。
延宝・房総沖地震(えんぽうぼうそうおきじしん)に始まり、二十六年後の元禄大地震(げんろくおおじしん)、その四年後の千七百七年(宝永四年)にはマグニチュードは八・四~八・七と推定される宝永地震と富士山の宝永大噴火も発生している。

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# by mmcjiyodan | 2012-01-24 01:19 | Trackback | Comments(1) 

関東大震災(かんとうだいしんさい)

日清日露の戦勝に拠る好景気に沸いた大正ロマン・大正デモクラシー(民本主義)の最中、日本の首都・東京府東京市とその周辺各地を大正関東地震・関東大震災(かんとうだいしんさい)が見舞う。

関東大震災(かんとうだいしんさい)とは、千九百二十三年(大正十二年)九月一日の正午寸前(一分三十秒ほど前)、神奈川県相模湾北西沖80km(北緯35.1度、東経139.5度)を震源として発生したマグニチュード七・九の大正関東地震による地震災害を言う。
震源域の真上に位置していた「横浜市の震度は七と推定され、希に見る強震だった」と言う。
この時折悪しく、内閣総理大臣・加藤友三郎が、震災発生八日前の八月二十四日に急逝していた為、地震発生時及びその後は内田康哉が内閣総理大臣臨時代理として職務を代行した。
大正関東地震は、神奈川県を中心に東京府東京市・千葉県・茨城県から静岡県東部までの一府四県の内陸と沿岸に広い範囲に甚大な被害をもたらし、日本災害史上最大級の被害を与えた。
この大震災については資料の洗い直しが為され、二千六年(平成十八年)版から修正され、現在では数字を丸めて「百九十万人が被災、死者・行方不明十万五千余人」としている。
死者・行方不明者については、地震の揺れによる建物倒壊などの圧死があるものの、多くは強風を伴なった火災による死傷者が多くを占めた。
地震の発生時刻が昼食の時間帯と重なった事から百三十六件の火災が発生し、大学や研究所で「化学薬品棚の倒壊による発火も見られた」とされる。
また、この大震災の建物被害に於いては全壊が十万九千余棟、全焼が二十一万万二千余棟である。
津波の発生による被害は太平洋沿岸の相模湾沿岸部と房総半島沿岸部で発生し、高さ十メートル以上の津波が記録された。

尚、この震災の混乱の中、「朝鮮人が暴徒となって放火している」とデマが広がり、その流言の数々から大衆の多くが「暴徒と化した朝鮮人」を恐れて自警団との衝突も発生し、朝鮮人や中国人なども含めた死者が出た。

震災の復興計画は、山本権兵衛首相を総裁とした「帝都復興審議会」を創設する事で大きな復興計画が動き始める。
第二次山本内閣の内務大臣に就任した後藤新平(ごとうしんぺい)は帝都復興院を設立し、大阪市の港湾計画や都市計画に従事した直木倫太郎を技監に据えて、自らは総裁を兼務した。

江戸時代以来の東京の街の大改革を行い、道路拡張や区画整理などインフラ整備も大きく進み、この震災後に日本で初めてラジオ放送が開始される。
その一方で、第一次世界大戦終結後の不況下に在った日本経済にとっては、震災手形問題や復興資材の輸入超過問題などが生じて居た。
結果、経済の閉塞感がいっそう深刻化し、後の昭和恐慌に至る長い景気低迷期に入って行く。

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# by mmcjiyodan | 2012-01-23 02:24 | Trackback | Comments(0) 

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