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渡会家行(わたらいいえゆき)と渡会氏(わたらいし)

鎌倉時代末期の渡会家行(わたらいいえゆき)は、伊勢神道の大成者で、後宇多天皇、後醍醐天皇親子に自書の神道思想を表した書物を叡覧に供された事や、北畠親房との親交から伊勢神宮の神領民を蔵人所の「供御人」として組織し、北畠軍の中核勢力として一貫して南朝方(後醍醐方)に加担した。

この渡会(わたらい)氏は、伊勢国・渡会郡より起こった伊勢神宮の外宮の世襲神官の家柄である。

正確に言うと「渡会郡より起こった」と言うよりも、渡会(わたらい)氏の名から郡名が付けられた様で、初は磯部氏を称していた渡会氏が奈良期に「渡相姓」を下賜され、伊勢国の伊勢神宮の神領を伊勢国渡会郡とする郡名が成立した。

渡会郡は伊勢神宮の神領地で、伊勢外宮の古名が「渡会の宮」と呼ばれていた所から、渡会氏は「神官領主(神官荘園主)」だと考えられる。

この最も初期の鎮守氏上(氏神)氏族に近い形の「神官領主(神官荘園主)」として有名なのは、豊前国・宇佐神宮の宇佐氏や信濃国・諏訪大社の諏訪氏(戦国大名)などが直ぐに浮かんで来るが、勿論神官領主(神官荘園主)も武装兵力を有した武門の領主の一面を兼ね備えていた。

いずれにしても、氏族の出自(血統)から始まった神職は、永い歴史において貴族・武士・神官は氏族の血統として永い兼業時代があり、言わば氏族の職務選択(業務選択)の主たるものだったのである。

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by mmcjiyodan | 2009-01-06 15:21 | Comments(0)  

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