間抜け(マヌケ)

日本人の理念では、政治を司る事を「祭り事(政り事)」と呼び、治世は神に代わって行う神事だった。

世間ではその時代の治世を評して「**治政の光と影」と評するが、日本人の心を映す坪庭の文化では、植栽木々や石組に「間(ま)」を設けて「影を創らない事」が絶妙の匠(たくみ)の技である。

「間(ま)」とは空(くう)を意味し、一見無駄な様だが「間(ま)」が在ってこそ調和が生まれ、全体が生きて来る。

元々日本人の優秀な所は、細部まで神経を行き届かせる心配りの「物創りの才能」で、つまり名人の仕事はそうした影を創らず「調和を為す事」でなければならない。

ましてや祭り事(政り事)は尚の事、全体の調和を重んじ影を創っては成らないものである。

所が、片寄った思考の学者や権力者(政治家)が偏重した「祭り事(政り事)」をすれば、その政策仕事は調和に欠け、乱暴に「影ばかり」を創った駄作となる。こうした「間(ま)」を持たない治世は僅(わず)かな勝ち組には光をあてるが、多くの人々から光を奪った悪政で、言うなれば「間抜けの不始末」と言うのが実態なのである。

それでは、「間(ま)」とは何だろうか?

人間の脳の働きは、大別すると左右二つに分かれている。

【左脳】は「意識脳」と呼ばれ、理性や計算を担当して「利」を重んじるのに対して、【右脳】は「無意識脳」と呼ばれて本能や感性に関わる言わば「情」を重んじる活動を担当している。

つまり「間(ま)」とは【右脳・無意識脳域】の本能や感性の領域に存在するもので、理性や計算ばかりで「情」の無い治世は「間抜け(マヌケ)」なのである。

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皇統と鵺の影人

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by mmcjiyodan | 2009-01-07 17:35 | Comments(0)  

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