天孫降(光)臨伝説

天孫降(光)臨伝説は、皇統の正統性を喧伝する為に第五十代・桓武天皇(かんむてんのう)の頃に編纂された「記紀神話(古事記日本書紀)」から始まっている。

そして記紀神話(古事記・日本書紀)の伝説は、明快に言ってしまえば「渡来氏族に依る日本列島経営の為の陰謀」である。


天照大神(あまてらすおおみかみ)の孫である天孫・ニニギの命(みこと)が、葦原中国(アシハラナカツクニ・天界に対する地上の国)の平定を受けて、古事記に拠より葦原中国の統治の為に高天ヶ原より「筑紫の日向の高千穂のくしふる峰に降りてこられた」と記される日本神話の説話である。

しかし、この天孫降(光)臨伝説は、朝鮮半島の加耶(伽耶諸国)の建国神話である「加耶国」の始祖・首露王(スロワン/しゅろおう)が「亀旨峰(クジボン)に天降る話・・・と似ている」との指摘が在る。

つまり、「記紀神話(古事記・日本書紀)」の一部は、朝鮮半島・加耶(伽耶諸国)から持ち込み輸入された伝承を採用し加工して記載した疑いが強いのである。


天孫降(光)臨伝説の「記紀神話(古事記・日本書紀」は、天照大神(あまてらすおおみかみ)の孫・天孫ニニギノミコトと九州南部に勢力を持っていた隼人族(先住弥生人)の木花咲耶姫(このはなさくやひめ)が、誓約(うけい)に拠って結ばれた事に始まる。

九州南部に勢力を持っていた隼人族(ポリネシア系縄文人)のオオヤマツミを父に持つ木花咲耶姫(このはなさくやひめ)は、ニニギの子・ホデリ(もしくはホアカリ)、ホスセリ、ホオリ(山幸彦、山稜は宮崎市村角町の高屋神社)の三柱の子を産む。

この三柱の内、ホオリの孫が初代大王(天皇)の神武大王(じんむおおきみ・天皇/ヤマト・イワレヒコ)である。

つまり皇統の祖は「天から舞い降りた神の子孫」と言うのである。

また日本書紀には、初代・神武大王(おおきみ/天皇)の五代前の先祖天孫・ニニギの命(みこと)が亡くなられた時、「筑紫の日向の可愛(えの)の山陵に葬りまつる」と記されている。

ここで言う加耶(かや)は、日本で呼ぶ任那(みまな)=伽耶諸国(かやしょこく/加耶)の任那加羅の勢力範囲の事で、伽耶(かや)または伽耶諸国(かやしょこく)は、三世紀から六世紀中頃にかけて朝鮮半島の中南部に於いて、百済(ペクチェ/くだら)と新羅(シルラ/しらぎ)に挟まれた洛東江(ナクトンガン/らくとうこう)流域を中心として散在していた小国家群を指し、新羅においては伽耶・加耶と言う表記が用いられ、中国・日本(倭)においては加羅とも表記されていた。

どうやら日本列島に渡り来た征服部族の多くが、この伽耶諸国(かやしょこく)=任那加羅(みまなから・加耶)出身だった為に、後世の日本人が一時史実に反して「任那日本府(みまなにほんふ)」なる幻の日本領を古代史に於いて勝手に創り上げた疑いが強い。

数千年前の群れの長(おさ)から続いている事だが、統治者にしても宗教家にしても、本来の人間の能力には超常現象的に他人をひれ伏させるほどの大した差が在る訳ではない。

そこで、恐がらせたり尊敬させたりにはそれなりの作為や演出、つまり誇大な表現や奇跡創作に依る大衆に認めさせる為のカリスマ(超人)性の、「でっちあげ」の臭いは否めない。

しかし敢えて言えば、側坐核(そくざかく/脳部位)を満足させ心の安定を求める為に、そのカリスマ(超人)性に依頼心を抱く大衆も数が多いのである。

国家を形成する重要要件の一つが帰属意識(きぞくいしき)である。

人間には帰属意識(きぞくいしき)があり、その帰属意識(きぞくいしき)は人種(民族意識)だったり国(国民意識)だったり、同一宗教や勤務先企業だったりするのだが、その根底に在るのは「人間が群れ社会の生き物である」と言う極原始的な本能にある。

また、その帰属意識(きぞくいしき)の形成過程に影響を与えるのが、この「群れ社会の生き物」と言う原始的な帰属本能と「集団同調性(多数派同調)バイアス」と言う心理効果の利用である。

この集団同調性(多数派同調)バイアスに関してだが、多くの場合は宗教指導者や為政者、またはその両者が協力して「信仰心や民話の刷り込み」が応用され帰属意識(きぞくいしき)を醸成して行く事になる。

天武帝桓武帝が進めた古事記日本書紀の編纂とその天孫降臨伝説を広める陰陽修験道師の活動は、正に帝の下に国家を統一させる為の国策だった訳である。

この「記紀神話(古事記・日本書紀)」の天孫降(光)臨伝説を列島の隅々まで遍(あまね)く喧伝した組織が、天武(てんむ)天皇(第四十代)の命を受けて役小角(えんのおずぬ)が組織した陰陽修験組織を、桓武(かんむ)天皇(第五十代)が陰陽寮として正式に朝廷組織に組み入れて天孫降(光)臨伝説の喧伝に活用したのである。

古事記日本書紀に於ける日本の天孫降臨神話は、天の岩戸伝説(あまのいわとでんせつ)の「尻久米(しりくめ)縄」から始まっている。

古事記・日本書紀に於けるエロチックな神話から人身御供伝説まで、桓武帝修験道師を使ってまで仕掛け、「性におおらかな庶民意識」を創り上げた背景の理由は簡単な事で、為政者にとって見れば搾取する相手は多いほど良いのである。

尚、三兄妹・三貴神(ウズノミコ)である天照大神、月読命、スサノウ(須佐王)は、「記紀(古事記日本書紀)神話」に於ける「)」の伝承的存在である事を心して分けて扱うべきである。

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日本に於ける神道系信仰習俗をまとめると、「歌垣の習俗」から「豊年祭り」に「エエジャナイカ騒動」、「暗闇祭り」から「皇室祭祀」に到るまで、「北辰祭(ほくしんさい/北斗・北辰信仰)」に集約される「妙見信仰」の影響が色濃く残っている。

そして天孫降(光)臨伝説の創出に、賀茂・葛城事代主(ことしろぬし)の神と共に天之御中主神(あめのみなかみぬしかみ)の妙見信仰が「習合的に採用された」と考えられるのである。

詳しくは「天孫降(光)臨伝説と木花咲耶姫(このはなさくやひめ)」を参照下さい。

日本の伝説リスト】に転載文章です。

◆神話で無い、リアルな初期日本人の成り立ちについては、【日本人の祖先は何処から来たのか?】を参照下さい。

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by mmcjiyodan | 2009-03-19 20:05 | Comments(1)  

Commented by 三毛猫 at 2015-11-03 22:41 x
初めまして。国史が、公教育で教えられていない事に気が付き時々拝読させて頂き、勉強しています。古事記は、新羅系が書き、日本書紀は、中国系が、書いたのではないかと思う様になりました。私は、「飛騨の口碑」を知ってから、かなりすっきりしました。「秀真伝」も有りますが、著者が、太田多根子(意宇多根子)なので、疑問に思う箇所が沢山見られます。五十猛(少彦名)は、大国主(意宇国主)が新羅の曾氏茂李の女との子供で太田多根子は、その子孫との事です。神武(佐野)の妻は、饒速日の息子の宇摩志麻邇と口碑に有ります。しかし、その娘を示す系図など一切無く、建田背などという海部、尾張始祖の系図が、残るのみです。神武の妻が、五十鈴姫という出雲女に書き換えられていると思うのです。大和動乱の時に、高木命は、出雲新羅勢力に敗れたのだろうと推測しています。国史は、新羅に書き換えられ、白村江以後は、中国に書き換えられ、大東亜戦争後は、ユダヤ勢力に書き換えられて今に至っている様です。戦後GHQは、天照大神(アマテル)を太陽神にせよと指示した事を知らない宮司が、いるそうです。この国の形は、天皇が本家で、国民が分家の形である民族国家ですが、歴史を歪め、本家と分家の結びつきを外そうとする勢力が有り、国の成り立ちを知らない日本人が、多くなっている事に危機感を覚えています。

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