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明智平と桔梗紋(天海=光秀説・その四)

天海僧正の生涯年齢から二代目と思われる天海が北院の住職となったのは、千五百九十九年(慶長四年)と言う事に成っているが、これは天海を急に上席に引き上げるに当たってのアリバイつくりで、言わば経歴詐称である。

実際に天海(二代目)が関東に呼ばれたのは千六百十二年(慶長十七年)の事で、無量寿寺・北院の再建に着手し寺号を喜多院と改めて関東天台宗の本山としている。

その後は急ピッチに家康の信任を得て、大阪の役(大坂冬の陣・大坂夏の陣)の起こる前年・十四年千六百十三年(慶長十八年)には、日光山貫主を拝命し、本坊・光明院を再興している。
 
千六百年(慶長五年)の関ヶ原の合戦後から始まった徳川家の豊臣家への圧迫に豊臣家が抵抗し 十四年千六百十四年(慶長十九年)から翌十四年千六百十五年(慶長二十年)、大阪の役(大坂冬の陣・大坂夏の陣)が起きている。

豊臣家壊滅のシナリオを書いたのはこの二代目天海であったが、時機を考え直接の目通りは控えて今日まで来ていた。

しかし大坂落城をもって徳川家の天下は不動のものと成り、世の局面が変わった。

天才軍師・天海(光秀)が再び世に現れたのである。

徳川家康は、天台宗の関東の全権を握った二代目天海に、天台宗・喜多院の寺領として日光山の一帯を贈っている。

二代目天海は家康の死後そこに東照宮を建て、その一帯を「明智平」と命名するのだが、天海が明智に縁無き者なら、謀反人明智の名を寺領に使うのは説明が付き難い。

増してや、本能寺の変当時の伊賀超えの家康逃避行が「茶番」でないなら、命を狙った明智の名の寺領命名など徳川家が許す訳がない。

この明智平の地名は、今に栃木県・日光の地に残っている。

そして明智光秀=天海僧正説最大の疑惑の象徴が、明智平に在る日光東照宮の存在だった。

日光東照宮(にっこうとうしょうぐう)の前身は、平安期の八百七十二年(天応二年)に勝道上人(しょうどうじょうにん)が下野国(しもつけのくに)・男体山頂上(現・栃木県日光市山内)に四本龍寺を開山したもので、その後源氏の棟梁・源頼朝の鎌倉幕府開府後は永く坂東(関東)武士の信仰を集めていた。

千六百十六年(元和二年)に駿河(静岡)・久能山(久能山東照宮)から天台宗・天海僧正によって日光に改葬され、千六百十七年(元和三年)徳川二代将軍・秀忠が、東照社(とうしょうしゃ)として創建した。

前述した様に天海は、家康没後、一旦駿府の久能山(東照宮)に鎮座させた家康(大権現)を日光山に移している。

日光の位置も風水上の江戸の要であると同時に、その建設にはいざ徳川家江戸落ちに際しては要塞と化す工夫がなされていた。

徳川幕府にとって、誰も否定出来ない極めて重要な施設である。

その日光東照宮を守る陽明門(日の当たる明智の門?)の木造り像の武士の紋は、明智家の家紋「桔梗紋」であり、近くの鐘楼のひさしの裏にも、おびただしい「桔梗紋」が見受けられる。

徳川の墓所であるのに「葵紋」以外に、いたる処に「桔梗紋」が隠されているのは何を意味するのか。

この事は、明智光秀=天海僧正説の一つの検証になるのかも知れない。

天海が家康の為に神号を取るのは、感謝と尊敬の念による。

その神号がすごい、東照大権現(とうしょうだいごんげん)である。

天照大神(あまてらすおおみかみ)は日本の最高神であるり、それに準じる様に東を照らすと来て「現れになった神」と来た。

家康は天海の一世一代の仕事で、神君(しんくん)となり、日光東照宮に鎮座している。

この日光東照宮の銘々に、我輩はいささか異論がある。

本来、徳川家康が東照宮の宮(ぐう)を名付けられるのはいささか問題がある。

本場中国では神様と言っても実在の人物が祭られるのは廟(びよう)であり、つまり日光東照廟が正しい。

それは、他の実在する人物の神社も同様である。

独自文化と言えばそれまでだが、都合により核心部分を曖昧にするのは日本列島の専売特許みたいなものである。

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by mmcjiyodan | 2009-08-21 10:26 | Comments(0)  

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