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高尾山古墳(たかおさんこふん)=辻畑古墳(つじばたけこふん/前方後方墳)

賀茂・葛城朝は古代史上に謎の多い大豪族で、我輩は葛城ミステリーと名付けている。

我輩が葛城朝発祥の国と比定する伊豆の国=伊都国説に関わる墳墓が今まで発見されなかった事を不思議に思っていた。

そこに、大型古墳・高尾山古墳=辻畑古墳(前方後方墳)の発掘報道が届いた。

卑弥呼が居たとされる時代の東日本最大の古墳が、高尾山古墳(辻畑古墳)である。

当初は辻畑古墳と呼ばれていたようだが、なぜだか最近は高尾山古墳と改称されている 。

卑弥呼の墓と一説される「箸墓古墳(はしはかこふん)」よりさらに古く、しかも東日本最大級の貴重な古墳が高尾山古墳(たかおさんこふん)=辻畑古墳(つじばたけこふん/前方後方墳)である。

それが大変な事に現在沼津市の道路計画で、住民の利便の為に同古墳を保存するかどうか意見がもめている。


高尾山・辻畑古墳(前方後方墳)の所在地は伊豆国と国境を接する駿河国・沼津の東熊堂(高尾山穂見神社・熊野神社旧境内地)で、南北六十二メートル、西側四分の一は道路で削り取られた為、東西は三十五メートルと推定される。

二つの墳丘のうち、北側の後方部が一回り大きく、高さ四・五メートルで墳頂の一メートル下に副葬品を伴う木棺跡があった。

出土した木棺(もっかん)は船形をしていて、埋葬者が海人族系(海洋部族)の出自を思わせるに充分である。

この辻畑(つじばたけ)古墳から出土した土器・高坏(たかつき)から、二百二十年前後(三世紀)頃の卑弥呼とほぼ同じ時代の築造で、纒向(まきむく)石塚古墳(奈良県桜井市)と同じ「古墳初現期に分類される」との指摘があり日本最古級の古墳となる可能性が出て来ている。

高坏(たかつき)の他に築造年代を示す鉄鏃(てつぞく・鉄製の/やじり)や銅鏡などの副葬品も出土しており、鏡を割って被葬者と埋める「破鏡」という風習が用いられたほか、出土した壺(つぼ)の中には軽石を含む材質の「大廓(おおくるわ)式土器」に分類できるものがあった。

これらの出土品は三世紀代の特徴で、辻畑古墳も「同時期の築造」と言えるが、古事記・日本書紀を始めとする文献上のこの時代この地域に、それと該当する国主(くにぬし)国造(くにのみやっこ)は存在していない。

只、今まではまったく古代史に登場しなかった名前の判らない古代の大国が、伊豆地域に存在した事は証明された。

この東日本一の大型古墳・高尾山古墳(辻畑古墳)が単独の古墳で、古墳群でない所に、実は「東国に大きな謎の国が在り、やがて大和・神武朝と合流した」と言う説が、現実味を帯びて符合する。

推定するに、卑弥呼が生きていた時代に古墳を造るだけの有力者が「この地に居た」とすれば、賀茂・葛城朝を置いて他には思い到らず、当時の日本の支配構造の空白部分を踏まえ、古代史上に賀茂・葛城朝の大国・伊豆の国=伊都国が存在した事を物語っているのではないだろうか?

詳細は【葛城ミステリー】を参照。
物部氏(もののべうじ)・賀茂氏(かもうじ)同根説】に飛ぶ。

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by mmcjiyodan | 2009-09-07 19:29 | Comments(0)  

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