畠山重忠の乱(はたけやましげただのらん)

畠山重忠の乱(はたけやましげただのらん)は、畠山氏を滅ぼすと同時に鎌倉幕府の北条氏初代執権・北条時政を政権追放に追い込んだ事件でもある。

畠山重忠の乱も北条氏による有力御家人排斥の一環と言う側面を持つ鎌倉幕府内部の政争の一つであり、乱の背景には武蔵国の支配を巡りる留守所総検校職・畠山重忠と北条時政を背景とした武蔵国司・平賀朝雅との対立が在った。

鎌倉幕府の初代将軍・源頼朝死後、幕府内部の権力闘争が続き「梶原景時の変」、「比企能員の変」に拠って有力者が次々に滅ぼされ、まだ十四歳の三代将軍・源実朝を擁して幕府の実権は岳父にあたる北条時政が握っていた。

畠山重忠は鎌倉幕府成立にあたり、前政権の平家追討には常に先陣を務め、その武勇と人望により頼朝からその死に際して子孫を守護するように遺言を受けた有力御家人である。

その畠山重忠は北条時政の前妻の娘婿であり、「梶原景時の変」、「比企能員の変」ではいずれも北条氏側に与力していたにも拘らず、京の平賀朝雅(ひらがともまさ)亭の酒宴で朝雅と重忠の嫡子・重保との間でどちらが仕掛けたか不明だが言い争いが起こった。

その言い争い相手の平賀朝雅が北条時政の後妻・牧の方(牧鍾愛)の娘婿で、牧の方が溺愛すると同時に自らの地位確立の為に夫・北条時政を操り武蔵国司の朝雅の立場を後援していた。

まぁ牧の方にして見れば、尼御台・北条正子と二代執権・北条義時はなさぬ仲の先妻の子で、畠山重忠も前妻の娘婿と言う不安が在っての対抗心かも知れない。

京の平賀朝雅亭での言い争いが後を引き、朝雅は重保に悪口を受けたと牧の方に讒訴(ざんそ)し、牧の方はこれを畠山重忠父子の叛意であると時政に訴える。

つまり畠山重忠の乱のきっかけは、私恨と女のヒステリーと言う事に成る。

言い争いから十八日後、鎌倉はにわかに大きな騒ぎとなり、軍兵が謀反人を誅するべく由比ヶ浜へ先を争って走った。

同じ秩父氏の稲毛入道に招かれて鎌倉にいた畠山重忠嫡男・重保も、「何事か?」と郎従三人を連れて由比ヶ浜へ駆けつけると、北条時政の意を受けた三浦義村が佐久間太郎らに重保を取り囲ませた為、自分が謀反人とされている事に気づいた重保は奮戦したが、多勢に無勢で郎党共々討ち取られた。

その頃、「鎌倉に騒ぎがある」と聞いた畠山重忠は本拠地・菅谷館を出発して鎌倉に向かっていた。

鎌倉へ向かっている重忠を「謀反人が兵を率いて攻め上って来る」と道中で誅殺するべく、時政の命により北条義時率いる大軍が派遣された。

畠山重忠は二俣川で討伐軍に遭遇する。

鎌倉に遣って来た重忠の一族は弟・長野重清は信濃国、六郎重宗は奥州へ出払っていて重忠が率いていたのは子の重秀、郎従本田次郎近常、乳母父の榛沢六郎成清以下百三十騎程度の小勢に過ぎず、畠山重忠謀反は虚報で重忠は無実で在った。

この朝には息子の重保が殺された事、自分に追討軍が差し向けられた事を二俣川で初めて知った重忠は、館へ退く事はせず潔く戦う事が武士の本懐であるとして大軍を迎え撃つ決断を下す。

北条義時の大軍と少数の兵で応戦する重忠主従との激戦は、四時間余り繰り広げられた。

やがて激戦の後に重忠が愛甲季隆の放った矢に討たれて首級を取られた為、重秀以下は自害して果てる。

この合戦の結果に、畠山重忠の謀反は北条時政と後妻・牧の方(大岡鍾愛)、そして娘婿・平賀朝雅の策謀と確信した北条義時は激怒していた。

義時にとって畠山重忠は父・時政の前妻の娘婿であり、つまり重忠は義時と正子の義理の兄弟にあたる。

その義理の兄弟を、父・時政は後妻・牧の方可愛さに平賀朝雅に肩入れして無実の汚名を着せ、自分(義時)に討たせてしまった。

父・時政のその仕打ちに、その日の夕方には義時の命に拠り鎌倉内で重忠の同族で討伐軍に加わっていた稲毛重成父子、榛谷重朝父子が重忠を陥れた首謀者として三浦義村らに拠って討ち取られている。

この乱の始末は、幼少である将軍・源実朝に代わり尼御台・北条政子が取り仕切り、畠山氏の所領の一部は勲功として重忠を討った武士達に与えられたが、この事件をきっかけに時政は失脚し、牧の方と共に子の義時・政子姉弟によって鎌倉を追放され、京にいた平賀朝雅は義時の命によって誅殺された。

残された重忠の所領は時政の前妻の娘である重忠の妻に安堵され、妻は足利義純に再嫁して義純が畠山氏を継承した事により、平姓秩父氏の畠山氏は滅亡し、武蔵国は義時の弟時房が守護・国司となった。

尚、この重忠の妻が源氏流・足利義純に再嫁して義純が畠山氏を継承した事から畠山氏の名跡が平氏流から源氏流に移り、後の室町期や南北朝期などに活躍する源氏流・畠山氏が誕生したのである。

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by mmcjiyodan | 2009-12-14 07:47 | Comments(0)  

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