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方士・徐福と賀茂・葛城氏

古代中華大陸の黄河・長江流域文明では、神仙道とは仙伝の気功、符呪、占術を通じ「神仙の域に導く」とされていた。

中華大陸初の統一覇王・始皇帝に拠って保護登用された方士とは方術の士の事であり、「史記」に於いては方術とは方遷道つまり神仙道の原始的なもの或いは医術を指している。

だが、封禅書に見えるような「斉や燕で、方士が勃海の海中に蓬莱、方丈、瀛州の三神山が在って、神仙(仙人)が住み不死の薬が在ると宣伝していた」、と言う記事に表れる方士は、前者の方遷道に関係した方士である。

方術は神仙道や医方術ばかりでなく、黄老・天文・五行・巫術・呪術・讖緯(しい)など多くの要素を包含するようになり、方術はまた道術とも呼ばれるように成る。

そしてこれらの術を行うものは道士と呼ばれ、次第にこの道士と言う言葉が普及して方士に代わるように成って行く。

つまり日本の修験導師の初期のモデルがこの方士であれば、方士・徐福が初期修験道の「元祖的な存在だった」と考えても符合する。

この辺りが、「徐福と原始的修験道の賀茂葛城氏に繋脈が在る」と我輩は睨んだ。

また、方士・徐福の末裔と目される始皇帝の子孫を名乗る秦氏秦河勝(はたのかわかつ)が、香具師(かうぐし、こうぐし、やし)の祖・川勝氏の神農(しんのう)道の祖とも伝えられ、歴史的に矢師・野士・弥四・薬師(神農/しんのう)・八師とも書き神農道は「薬の行商から始まった」とされて方士起源説と符合している。

そして始皇帝に派遣された方士・徐福が東方の島(日本列島)で目にしたのは、神仙(仙人)ではなく僅かな原住民と水と緑に囲まれた肥沃な大地だった。

つまり方士・徐福が始皇帝を騙して二度目の蓬莱遠征を行い、東方の島(日本列島)で王位に就こうとしても不思議は無かったのである。

日本の伝説リスト】に転載文章です。

参考・関連小論【山幸彦・海幸彦(やまさちひこ・うみさちひこ)伝説】はお薦めです。

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by mmcjiyodan | 2010-01-11 03:19 | Comments(0)  

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