近藤勇(こんどういさみ)

新撰組局長として名を残す近藤昌宜(まさよし・勇/いさみ)は、千八百三十四年(天保五年)秋に農民・宮川久次郎の三男として武蔵国多摩郡上石原(現在の東京都調布市野水)に生まれる。

幼名を宮川勝五郎と称した近藤勇(こんどういさみ)は、千八百四十九年(嘉永元年)天然理心流剣術道場・試衛館に入門する。

宮川勝五郎(勇)は盗人を退治するなどして近藤周助(近藤周斎)に認められ、周助の実家である島崎家へ養子に入り島崎勝太と名乗るも後に島崎勇と名乗った後に正式に近藤家と養子縁組し近藤勇を名乗った。

千八百六十三年(文久三年/万延元年)に徳川御三卿の一つ清水家の家臣・松井八十五郎の長女である松井つねと結婚し、その翌年に近藤勇は、府中六所宮にて天然理心流剣術宗家四代目の襲名披露の野試合を行い、晴れて流派一門の宗家を継ぐ。

その年千八百六十三年(文久三年/万延元年)、江戸幕府は清河八郎の献策を容れ十四代将軍・徳川家茂の上洛警護をする浪士組織「浪士組」への参加者を募ったに応じ、天然理心流剣術宗家を継いだ近藤勇は斎藤一を除く土方歳三(ひじかたとしぞう)ら試衛館の八名がこれに参加する事を決める。

近藤勇は他の浪士組一行と共に京都に向けて出発、中山道を進み約二週間かけて京都に到着すると、壬生(みぶ)郷士の八木源之丞の邸に宿泊し、世話になる。

浪士組を指揮する清河八郎は京都に逗留しすると、当初の徳川家茂の上洛警護を翻して朝廷に尊皇攘夷の建白書を提出し、それに異議を唱えた近藤ら八名や水戸郷士の芹沢鴨ら合計二十四名は京に残留し京都守護職会津藩主・松平容保(まつだいらかたもり)に嘆願書を提出し、京都守護職配下で「壬生浪士組(みぶろうしぐみ)」と名乗り活動を開始する。

その後会津藩、薩摩藩主導の八月十八日の政変が起こると、壬生浪士組は御花畑門の警護担当と成り働きぶりが認められ、武家伝奏より「新撰組(新選組)」の隊名を下賜され、同時に芹沢一派を暗殺し近藤勇主導の新体制が構築された。

そして新撰組の名を天下に轟かせる中川宮朝彦親王暗殺法化計画阻止池田屋事件取り締まりに成功し新選組は朝廷と幕府から感状と褒賞金を賜わっている。

禁門の変への出動を経て、近藤は隊士募集の為に帰郷し、ここで伊東甲子太郎ら新隊士の補充に成功した。

そして千八百六十七年(慶応三年)に新撰組は幕臣となり、代表の近藤は御目見得以上の格に昇格して幕府代表者の一員として各要人との交渉を行う。

新たに参加した伊東甲子太郎は御陵衛士として分離し、藤堂平助、斎藤一らが新撰組を抜けてこれに加わった。

伊東は近藤を暗殺しようと企(たくら)むが、近藤は伊東を酔わせ帰り際に大石鍬次郎等に暗殺させ、その後も他の御陵衛士達を誘い出して夜襲し藤堂らを殺害する。

この報復で、近藤は伏見街道で御陵衛士の残党に銃で撃たれて負傷した為に鳥羽・伏見の戦いでは隊を率いる事ができずに大坂城で療養している。

近藤が大阪城で療養中に鳥羽・伏見の戦いに於いて敗れた新撰組は、将軍・慶喜松平容保などの幕府要人と伴に海軍副総裁・榎本武揚(えのもとたけあき)率いる幕府軍艦・開陽丸で江戸に戻る。

幕府軍艦・開陽丸で大阪を脱出し江戸に戻った近藤は、幕府の命を受けて大久保剛と改名して甲陽鎮撫隊として隊を再編し甲府へ出陣したが、甲州勝沼の戦いで新政府軍に敗れて敗走、その際に意見の対立から永倉新八、原田左之助らと離別する。

その後、大久保大和と再度名を改め、旧幕府歩兵らを五兵衛新田(現在の東京都足立区綾瀬四丁目)で募集し、下総国流山(現在の千葉県流山市)に屯集するが、香川敬三率いる新政府軍に包囲され、越谷(現在の埼玉県越谷市)の政府軍本営に出頭する。

しかし、大久保が近藤と知る者が政府軍側におり、その為総督府が置かれた板橋宿まで連行される。

近藤は板橋宿総督府でも大久保の名を貫き通したが、元新撰組隊士から御陵衛士に移った一人だった加納鷲雄に近藤であると看破され捕縛された。

土佐藩(谷干城)と薩摩藩との間で、近藤の処遇をめぐり対立が生じたが、結局、中仙道板橋宿近くの板橋刑場(現在の東京都板橋区板橋および北区滝野川付近)で斬首されている。

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by mmcjiyodan | 2010-01-22 00:08 | Comments(0)  

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