藤原時平(ふじわらのときひら)

藤原時平(ふじわらのときひら)は、当時権勢を極めていた藤原北家流・関白・藤原基経(ふじわらのもとつね)の長男である。

父の藤原基経(ふじわらのもとつね)は陽成天皇(ようぜいてんのう/五十七代)を廃し、光孝天皇(こうこうてんのう)を擁立して自らは太政大臣として朝政を執り絶大な権力を有していた為に光孝天皇(こうこうてんのう)は常に基経の意を迎えていた。

八百八十六年(仁和二年)、時平(ときひら)元服に際して、光孝天皇は参議・橘広相(たちばなのひろみ)が起草した告文を持って宮中でも最も重要な仁寿殿で式を執り行わせ、自ら加冠の役を果たし、この十六歳の少年に正五位下を授けている。

その後、藤原時平(ふじわらのときひら)は光孝天皇(こうこうてんのう/五十八代)の贔屓を得て従四位下に進み、右近衛権中将となる。

その頃、光孝天皇(こうこうてんのう)は病を得て、臣籍降下(しんせきこうか)させていた子息・源定省(みなもとのさだみ)を親王に復し、急遽立太子させた。

この皇族復帰した定省親王(さだみしんのう)が宇多天皇(うだてんのう)として即位するが、宇多天皇は先帝に引き続いて父・基経(もとつね)に大政を委ねて初めて関白に任じ、時平(ときひら)は蔵人頭(くろうどのかみ)に補せられる。

所が、詔(みことのり)の「阿衡(あこう)」の文字を巡って宇多天皇(うだてんのう)と基経(もとつね)が紛糾し、最後は基経(もとつね)が宇多天皇(うだてんのう)に自らの誤りを認めさせる詔(みことのり)を出させ藤原氏の権勢を示したが、この「阿衡事件(あこうじけん)」と呼ばれる事件が起きて宇多天皇と藤原氏一族との間でしこりの芽が生まれる事となる。

藤原時平(ふじわらのときひら)も昇進を続け、寛平年間の初めに昇任し讃岐権守を兼ね従三位に昇るも、八百九十一年(寛平三年)になると父・基経(もとつね)が死去してしまう。

父の死の時点で時平(ときひら)はまだ年若く、宇多天皇(うだてんのう)は藤原摂関政治(せっかんせいじ)を避けて親政を始め、皇親である源氏流や学者の菅原道真(すがわらみちざね)を起用する。

宇多天皇にとっては藤原氏を牽制する絶好の親政の機会で、時平(ときひら)を参議とするが藤氏長者には右大臣となっていた大叔父の藤原良世を任じ、同時に仁明天皇(にんみょうてんのう/五十四代)の孫・源興基(みなもとのおきもと)を起用する。

二年後の八百九十三年(寛平五年)には時平(ときひら)とは血縁のない敦仁親王を東宮に定め、時平の外戚への道を封じて優れた学者として知られる菅原道真(すがわらみちざね)を参議に起用し、着々と藤原氏一族の弱体化を謀る。

それでも藤原北家の直系である時平は排斥される事はなく、左右衛門督、検非違使別当を経て中納言に任じられ、右近衛大将、春宮大夫を兼ね、次いで大納言に転じ、左近衛大将を兼ね、蔵人所別当に補し正三位に叙すなど順調に昇進した。

その藤原時平(ふじわらのときひら)に転機が訪れる。
第一皇子・維城親王(これざねしんのう)を醍醐天皇(だいごてんのう/六十代)として即位させ、時平(ときひら)を空位となっていた藤氏長者としている。

宇多法皇(上皇)は新帝・醍醐に「時平は功臣の子だが、年若く素行が悪いと聞く、朕はそれを聞き捨てにしていたが、最近は激励して政治を習わせるようにしている。その為に顧問を備えて、宜しく輔導すべきである」と戒めた為、醍醐天皇(だいごてんのう)は権大納言の道真(みちざね)を起用して、時平(ときひら)とともに内覧を任せた。

八百九十九年(昌泰二年)、時平(ときひら)は左大臣兼左近衛大将となるが、同時に道真も右大臣となり両者並ぶも学者の道真と貴公子の時平は気が合わなかった。

時平(ときひら)は情に任せて裁決に誤りが多く、その都度に道真(みちざね)が異を唱えて両者は対立するようになる。

道真(みちざね)は後援者である宇多法皇(上皇)をしきりに訪ねて政務を相談し、法皇は天皇に道真に政務を委ねるよう助言する。

これを知った時平(ときひら)の心中は穏やかで居られる訳もなく、二年後の九百一年(延喜元年)に大納言・源光と謀り、道真を讒言するを醍醐天皇(だいごてんのう)はこれを信じて道真(みちざね)を大宰権帥に左遷してしまい、道真は二年後の九百三年に大宰府で病死してしまう。

左大臣兼左近衛大将・藤原時平(ふじわらのときひら)は、道真(みちざね)を左遷させて政権を掌握すると意欲的に改革に着手するが、道半ばの三十九歳の若さで死去した為にその早すぎる死は怨霊となった道真の祟りと噂された。

時平(ときひら)の死後、藤原北家の嫡流は弟の藤原忠平(ふじわらのただひら)とその子孫へ移って藤氏長者となり、時平流は中央権力から遠退いて行った。

藤原忠平(ふじわらのただひら)】に続く。

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by mmcjiyodan | 2010-04-06 02:21 | Comments(0)  

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