閏刑(じゅんけい)としての奴刑(しゃつけい)・(一)

江戸期の講談話しなどで、生き残った心中の片割れの女性が女郎に売られる話がある。

実は、江戸期に於ける穢多(えた)奴婢(ぬひ/奴隷)身分つまり非人の補充は、主として罪を減じた閏刑(じゅんけい)に拠るものである。

町人身分の男は人別改帳から除籍(本籍を除き)し、穢多頭(えたがしら)に下げ渡され非人手下(ひにんてか)としての人生が待っている。

町人身分の女性なら奴刑(しゃつけい)と呼ばれる身分刑で、人別帳から除籍され穢多頭(えたがしら)に下げ渡された後に女衒(ぜげん)に売り渡されて遊郭女郎に身を落として客を取る。

非人手下(ひにんてか)と奴刑(しゃつけい)は犯人の社会的身分に影響を与える身分刑で、言わば良民身分から奴婢(ぬひ/奴隷)身分に落とされる刑である。

江戸期の司法は身分によって犯罪の構成や刑の適用が違い、閏刑(じゅんけい)は身分者や弱者に関する刑罰で、身分の高い有位者或いは僧侶・婦女・老幼・廃疾の人に閏刑(じゅんけい/本刑に代えて科せられる寛大な刑罰)として行われる事が多い。

律令制の下では、官吏の免官、僧侶の還俗(げんぞく)などの寛大な刑罰を閏刑(じゅんけい)とし、江戸時代には、武士の閉門、婦女の剃髪刑(ていはつけい)などの寛大な刑罰を閏刑(じゅんけい)とした。

江戸期の刑罰にも身分刑は存在し、大名・小名・旗本の場合は死刑を免じてその領分・地行所の没収、役儀取上・御家断絶を意味する改易と言う武士に対する閏刑(じゅんけい)が在った。

江戸期当時の町家女性の刑罰には余り死罪などは為されず、大罪でも晒(さら)し刑である罪状書きの高札で罪を示しての市中引き回しの上、穢多(えた)・非人に身分を落とす奴刑(しゃつけい)と言う「身分刑」としての閏刑(じゅんけい)が一般的である。

穢多(えた)・奴婢(ぬひ/奴隷)などと言うと随分古い話しだと思うかも知れないが、江戸期にもまだこの身分制度は存在し、その身分に落とす身分刑も存在した。

つまり町奉行所では女性には刑一等を減ずる慣習があり、よほどの重罪でなければ女性に死刑判決が下る事がなく、見せしめの為に「奴刑(しゃつけい)」とする事が多かった。

奴刑(しゃつけい)とは庶民たる婦女にのみに適用される閏刑(じゅんけい)で、女性の罪囚に対し人別改帳から除籍(本籍を除き)し希望者に下付し奴婢(ぬひ/奴隷)として無償で下げ渡される刑罰で、早い話が女郎屋に下し置かれて建前では一生遊郭から出られない身分刑である。

そもそも奴刑(しゃつけい)の名称そのものが、大和王権成立時から鎌倉時代中期まで続いて居た奴婢制度(ぬひせいど)に起因したものであるのは明らかである。

奴婢(ぬひ)は所有権が発生する制度で、この閏刑(じゅんけい)としての奴刑(しゃつけい)に依り、穢多頭(えたかしら)・弾左衛門(だんざえもん)に下げ渡された婦女は、その後遊郭に売られる婢(ひ)の立場に置かれる。

人別改帳から除籍された女罪人を受領した非人総取り締まり役の穢多頭(えたがしら)は、それが衒(う)り物になる女性だったら女衒(ぜげん)に売る権利を暗黙の了解で認められていた。

理論的には、処罰として法も倫理観も適用されない卑しい家畜身分にされた訳で、女性は結果的に女郎にされても仕方が無い。

そして衒(う)り物にならない女性女性の場合は、そのまま非人手下(ひにんてか)の群れの中に留め置かれて慰め者の日々を過ごす事になる。

つまり「奴刑(しゃつけい)」は、事実上の娼婦刑だったのである。

苦界と言うからには接客態度で客から苦情を言われたり、客取りに励まなければお仕置きの私刑(リンチ)に遭うのが相場の業界で、勿論、過酷な肉体労働であり半端な気持ちでは女郎は勤まらない。

この遊郭女郎にして客を取らせる現代で在ったら人権問題に成りそうな奴刑(しゃつけい)の刑罰でも、当時のおおらかな性習俗の価値観では死刑よりは随分お情けのある裁きで在った点は、現代の感覚とは大分時代的な相違がある。

それにしても、現代では終身系に相当する非人手下(ひにんてか)や奴刑囚(しゃつけいしゅう)を早々に牢屋敷から穢多頭(えたかしら)に下げ渡して無駄飯を喰わせない辺り、経費の点では現代より遥かに経済的である。

確かに人道人権問題は残るが、犯罪を犯された上にその被害者まで税金で間接的に受刑者を喰わせるのは釈然としない話で、被害者側の人権はどうなっているのか?

被害者側からすれば、死刑に成らないなら「一生酷い目に合って貰いたい」と想うのが普通の感情かも知れない。

穢多(えた)は読んで字のごとく「穢(けが)れ多き」と言う意味だが、仏教の教えに絡んで家畜の屠殺(とさつ)やその皮革の取り扱い、或いは死人の始末や磔獄門などの刑死の下働きを生業とした特殊な身分の者の事である。

非人手下(ひにんてか)とは庶民のみ適用される刑で、罪囚の庶民たる身分を剥奪し庶民の人別改帳より除籍した上で非人頭(えた頭)に交付され非人に身分を落とされ非人別改帳(ひにんべつあらためちょう)に登載し、病死した牛馬の処理や死刑執行の際の警護役などの使役をさせた。

なお、犯罪内容が凶悪な場合は遠国非人手下として遠方に送られる。

閏刑(じゅんけい)としての奴刑(しゃつけい)・(二)】に続く。
女衒(ぜげん)】に続く。

遊女関連の詳しくは、小論【遊女(女郎)の歴史】に飛ぶ。

性文化史関係リスト】をご利用下さい。

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by mmcjiyodan | 2010-06-04 04:36 | Comments(2)  

Commented by 通りすがりのひと at 2012-09-13 07:33 x
基本的な勘違いが気になったので、指摘しておきます。

どうも、身分制度と奴婢制度がごっちゃになっているようです。
日本では奴婢制度は中国、朝鮮と異なり、律令制の崩壊でかなり
早い段階で終了しています。後の時代に現れる穢多・非人といった
賎民とのつながりも確認されていないのが通説です。

おそらくこういった勘違いは身分制度の最下層より奴婢制度が
過酷であるという認識がないためと思われます。奴婢は書かれている
ように家畜扱いで国家や個人によって所有されており、売買や
所有の対象であり、殺しても刑罰の対象ではありません。

一方、非人手下のような場合で刑罰などを除けば、非人や穢多は
所有や売買の対象ではありませんし、他の身分と同じ扱いではありませんが、
殺人では被害者の対象ではありますし、諸条件で一応人間扱いでは
あります。なので、職業選択や差別の問題はありますが、中には
弾左衛門のようなその辺の武士より豊かな生活をしていた者もおり、
奴婢ではありえません。
Commented by mmcjiyodan at 2012-09-17 04:47
通りすがりさん、ご意見を有難うございます。
勘違いでは無く見解の相違ではないかと想います。
まず、今文章は(一)ですが、続きの(二)はお読みいただいたですか?
ご指摘の奴婢制度に関して、小生の本編を読んで頂ければ判りますが、奴婢制度は途中解消されたのでは無く、形態及び名称がが変遷して明治維新まで続いています。
貴兄は渡来氏族系と被支配階層の旧蝦夷系の身分差別が変遷しながら明治維新の版籍奉還(はんせきほうかん)まで続いていた事実を無視されるのですか?
版籍奉還(はんせきほうかん)とは、千八百六十九年(明治二年)に諸大名から天皇への領地(版図)と領民(戸籍)の返還を意味し、つまり制度上領民は領主の持ち物でした。
奴婢制度の前提は、所有権ですよね。

穢多頭(えたかしら)・弾左衛門(だんざえもん)に関しては小生の同タイトルご案内を読んで頂ければ判りますが、封建制度上の領民(良民)身分同様に生活水準と制度上の身分は違います。

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