高山右近(たかやまうこん)・(一)

高山右近(たかやまうこん)は安土桃山期から江戸初期の武将で、代表的なキリシタン大名として知られる。

右近(うこん)の高山氏は、摂津国三島郡高山庄(現在の大阪府豊能郡豊能町高山)出身の国人領主で、出自については高望平氏流・秩父氏の一派・高山党の庶流とも、別説では甲賀の地侍五十三家の一つとも言われている。

父・高山友照(飛騨守を自称)が当主の頃に高山氏は、管領職・細川家を追い遣って畿内で当時大きな勢力を振るった三好長慶(みよしながよし/ちょうけい)に仕え、長慶の重臣・松永久秀に従がって大和国宇陀郡の沢城(現・奈良県宇陀市榛原区)を居城とした。

千五百五十二年(天文二十一年)、高山氏当主・友照(ともてる)の嫡男として右近(うこん)は生まれた。

父・高山友照が、奈良で琵琶法師だったイエズス会員ロレンソ了斎の話を聞いて感銘を受け、自らが洗礼を受けると同時に、居城沢城に戻って家族と家臣を洗礼に導いた為、右近(うこん)も千五百六十四年(永禄七年)に十二歳でキリスト教の洗礼を受けている。

父・高山友照の洗礼名はダリヨ、右近はポルトガル語で「正義の人」を意味するユスト(ジュストとも)だった。
その同じ千五百六十四年(永禄七年)、高山氏の周辺はにわかに激動期を迎える。

仕えていた三好氏が、当主・長慶がこの年(永禄七年)に没すると内紛などから急速に衰退し、高山氏の本来の所領がある摂津に於いても豪族の池田氏・伊丹氏などが独自の力を強めつつ在った。

千五百六十八年(永禄十一年)、実質中央政府が存在しない混乱期に台頭し、強力な軍事力の庇護の下に足利義昭を将軍にした織田信長が中央を掌握する。

誕生した将軍・足利義昭は、摂津土着の領主の一つである入江氏を滅ぼし直臣である和田惟政を高槻城に置き、さらに彼に伊丹親興・池田勝正を加えた三人を摂津の守護に任命する。

為に友照・右近親子は和田惟政に仕える事となったが、領域の狭い摂津をさらに分割統治する体制が上手く行く訳も無く、摂津は大きく混乱、千五百七十一年(元亀二年)に高山親子が新しく仕えた和田惟政が池田氏の被官・荒木村重の軍に敗れて討死してしまう。

まもなくその村重が池田氏そのものを乗っ取り、荒木村重は織田信長に接近して「摂津国の切り取り勝手(全域の領有権確保)」の承諾を得ると、三好氏に再び接近した伊丹氏を滅ぼし、本願寺が領有する石山周辺(現在の大阪市域)を除き、摂津は荒木村重の領有となった。

友照・右近親子は、和田惟政の死後その子・惟長が城主となっていた高槻城を千五百七十三年(元亀四年)に乗っ取り、自ら城主となった。

荒木の重臣で在った中川清秀が高山氏に極近い親族で在った事から、友照・右近親子が荒木村重と示し合わせた上での下剋上の可能性が高く、高山親子は荒木村重の支配下に入り、村重がすでに信長から摂津一円の支配権を得ていた事からこの事件は黙認され、友照・右近親子は晴れて高槻城主と成った。

右近は高槻城を乗っ取る際に惟長と斬り合いに及び、乱戦のなかで瀕死の重傷を負うが奇跡とも言える回復を遂げ、この時までは父・友照ほど熱心ではなかった右近だが、この機を境にキリスト教へ傾倒するようになる。

千五百七十八年(天正六年)、右近が与力として従っていた荒木村重が、突然主君・織田信長に反旗を翻す。

村重の謀反を知った右近は、これを翻意させるべく妹や息子を有岡城に人質に出し、誠意を尽くして謀反を阻止しようとするも村重は応ぜず、悩んだ右近はイエズス会員オルガンティノ神父に助言を求めている。

オルガンティノ神父は右近に信長方に降るを助言するも、高槻城内は徹底抗戦を訴える父・友照らと開城を求める派で真っ二つとなった。

進退窮まった右近は城主を辞す決断をし、家族も捨てて紙衣一枚で城を出、信長の前に出頭する。

高山右近が去った高槻城は荒木村重に下り、村重は城に残された右近の家族や家臣、人質を殺すことはしなかったが、結果的に右近の離脱は荒木勢の敗北の大きな要因となり、千五百七十九年(天正七年)村重は単身で有岡城を脱出逃亡する。

荒木村重の乱が収まると信長は高山右近の高槻城離脱を功績と認め、右近は再び高槻城主としての地位を安堵された上に、元の二万石から四万石に加増される異例の措置を受けた。

高山右近(たかやまうこん)・(二)】に続く。

★主な安土桃山時代の大名家・代表的当主など一覧は【安土桃山時代(あづちももやまじだい)】を参照下さい。

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by mmcjiyodan | 2010-08-03 00:15 | Comments(0)  

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