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江戸城無血開城(えどじょうむけつかいじょう)

戊辰戦争の中盤、一つの大きな戦局の山が江戸城無血開城と言う大偉業である。

西郷隆盛(隆永)は、戊辰戦争の発端となった伏見の戦線、八幡の戦線を視察し、戦況が有利になりつつあるのを確認する。

徳川慶喜松平容保(まつだいらかたもり)松平定敬(まつだいらさだあき)以下、老中・大目付・外国奉行ら少数を伴い、大坂城を脱出して軍艦・開陽に搭乗して江戸へ退去する。

新政府は「慶喜追討令」を出し、有栖川宮熾仁(ありすがわのみやたるひと)親王を東征大総督(征討大総督)に任じ、東海・東山・北陸三道の軍を指揮させ、東国経略に乗り出した。

整然と隊列を組んだ官軍は、錦旗を翻し威風堂々とピーヒャラと鼓笛を鳴り響かせながら東海道を江戸に向かって進軍して行く。

勝海舟(かつかいしゅう)は、千八百六十八年(慶応四年)戊辰戦争時には陸軍総裁、後に軍事総裁として旧幕府方軍事面の責任者となり、前十五代将軍・慶喜にもはや戦意は無かった事から旧幕府の恭順派代表となる。

西郷隆盛(さいごうたかもり)は二月に東海道先鋒軍の薩摩諸隊差引(司令官)、東征大総督府下参謀(参謀は公家が任命され、下参謀が実質上の参謀)に任じられると、独断で先鋒軍(薩軍)を率いて先発し、二月には東海道の要衝・箱根を占領した。

幕府参与・大久保一翁(おおくぼいちおう・忠寛/ただひろ)の助言を受けた陸軍総裁・勝海舟(かつかいしゅう)は、参謀格である精鋭隊歩兵頭格・山岡鉄舟(やまおかてっしゅう)を徳川慶喜の使者として東征大総督府・下参謀・西郷隆盛(さいごうたかもり)の下に送る。

箱根占領後、三島を本陣とした後に静岡に引き返し、三月、静岡で徳川慶喜の使者・山岡鉄舟と会見し、徳川処分案七ヶ条を示した。

その後、大総督府からの江戸総攻撃の命令を受け取ると静岡を発し、江戸に着き池上本門寺の本陣に入った。

西郷隆盛は、高輪の薩摩藩邸で勝海舟と会談し、江戸城無血開城についての交渉をした。

三月に官軍が江戸に迫ると、徹底抗戦を主張する小栗忠順(おぐりただまさ)に対し、勝海舟(かつかいしゅう)は西郷の提案する早期停戦と江戸城の無血開城を主張する。

勝海舟は江戸市中を戦火から救う為に、官軍の本陣が置かれていた池上本門寺の庭園(松涛園)内の四阿にて、西郷隆盛との交渉に挑む。

交渉は難航ししたが、橋本屋での二回目の会談で勝が西郷を説得に成功、西郷隆盛は、勝から徳川処分案を預かると、総攻撃中止を東海道軍・東山道軍に伝えるように命令し、自らは江戸を発して静岡に向かう。

西郷は静岡に出赴き、大総督・有栖川宮・熾仁親王に謁見して勝案を示し、更に静岡を発して京都に赴き、朝議にかけて江戸城の無血開城の了承を得た。

四月になって急ぎ江戸へ立ち帰った西郷は、勅使・橋本実梁(はしもとさねやな/西園寺流・閑院家の公家)鎮撫将軍らと江戸城に乗り込み、田安慶頼(たやすよしより/徳川御三卿)に勅書を伝え、ここに漸く江戸城開城が成った。

実は江戸城無血開城について話しが着いたのは、当時の欧米列強の植民地化の初期段階に於いて、その国の政情不安に「居留民保護」と言う名目で軍事介入を始める手口を、国際情勢に通じた西郷隆盛(隆永)と勝海舟(安芳/やすよし)に共通な認識が在ったからである。

当時の薩長を主体とした新政府軍は、長州が英・仏・蘭・米の列強四ヵ国と下関戦争を起こして敗戦を経験し、薩摩が英国相手に薩英戦争を起こして和平した経緯を経験し、その列強軍事力の実力は承知していた。

勝海舟(安芳/やすよし)に到っては、幕府遣米使節の補充員として咸臨丸に乗った渡米経験があり、欧米列強の軍事介入は恐れる所だった。

現に先(千八百五十九年/安政六年)に開港した横浜には、新政府軍と幕府軍の戦乱に対する「居留民保護」を名目に英国軍が上陸を開始していた。

この事実が、西郷に拠る京都宮方(新政府軍)主戦派への江戸城無血開城説得の大きな材料と成ったのである。

隠れた国際状況と言う事情も在ったが、勝海舟の早期停戦と江戸城の無血開城案が江戸市中を戦火から救い、これは幕臣・勝海舟の行った最も大きな仕事の一つと後の世に賞されている。

勝海舟西郷隆盛の会談に拠り江戸城が開城され、征討大将軍・仁和寺宮彰仁親王(にんなじのみやあきひとしんのう)、東征大都督・有栖川宮熾仁親王(ありすがわのみやたるひとしんのう)が率いる官軍が入城したのは、桜田門外の変から僅か八年後の事で在った。

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by mmcjiyodan | 2010-09-03 12:15 | Comments(0)  

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