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良い加減・放棄と融合

基本的に日本人は、「良い加減」と評されるくらいにあらゆる信仰に寛大である。

いや、寛大と言う因(よ)りも「細かい拘(こだわ)りが少ない」と表現すべきかも知れない。

元々多神教の国ではあるが、神社と寺にお参りし家に神棚と仏壇の両方を設け、後から渡って来た信仰文化も抵抗無く受け入れてクリスマスを祝い、サンバカーニバルを愉しむ。

この信仰に肝要な思考の、日本文化の原点こそが遠く三千年から二千年前くらいまで日本列島が現住縄文人(エミシ族)と多くの渡来部族との人種の坩堝(るつぼ)だった証拠ではないだろうか?

日本人は不都合な提案に対して「ノー」と言わず「考えて置く」と返事をするが、「考えて置く」は争いを避ける返事の仕方でズウーット何時(いつ)までも検討中の実質お断りであり、後は察してくれの意味である。

イェス・ノーをはっきり言わないのも、日本列島が現住縄文人(エミシ族)と多くの渡来部族との人種の坩堝(るつぼ)だった事から争いを避ける知恵だったのかも知れないが、つまり日本人は建前ばかりを使う本音を言わない人種で、腹の中で何を考えているか判らない。

「ノー」がそんな「考えて置く」だから正直「イェス」と言われても不安で、とても信用出来ずに信用する為には具体的なものを必要とする。

そこで古代史に於いては、誓約(うけい)の混血が互いを信用する為の唯一具体的な方法だったのかも知れない。

つまり紛争解決の方法は「放棄と融合」で、一々頑(いちいちかたく)なに自分達の信仰だけを主張していては争いの基だから、知恵を持って誓約(うけい)の混血と同時に各部族の神々を集合し、血の融合と信仰の融合を成し遂げた。

こうした先人達の知恵を歴史経緯に持つ日本民族が、矛盾する事に、この現代に成って殊更日本人を強調し他人種に対し排他的に成ったのには何処かの時代に間違った思想が生まれたからに違いない。

日本人は建前ばかりを使う本音を言わない人種であり、この建前も人種の坩堝(るつぼ)と言う環境に在って融和を図る手段から始まったのかも知れないが、建前が建前に過ぎない事を充分に承知してはいる。

承知しているにも拘(かかわ)らず、そこが悪い所だが一旦建前を建ててしまうと「終わった気・解決した気」になって、「もう決めたのだから守られる筈」で圧し通し、無責任で横着な選択をする。

例えば建前の弊害は「武士道精神」と言う摩訶不思議な綺麗事である。

維新後国民皆兵の為に「武士道精神」を柱にした維新の志士そのものが武士道を尊重していれば主君を藩主の座から引きずり降ろす事は無かった筈で、つまりこうした精神論は御都合主義の建前である。

日本人の感性として金持ちが「如何(いかが)わしく思える」のは、金持ちが金の生かし方を知らず貯め込むばかりだからである。

簡単な話し、金持ちは金を遣わないから金持ちで、貧乏人は金も無いのに金を遣うから貧乏なのである。

国民性と言えば国民性だが、日本人は手持ちの金を貯める人種で余り中国人の様に「投資をする」と言う考え方はない。

何故こんな事に成ってしまったかと言うと、武士道の国は、裏を返せば「失敗すれば切腹をする自己責任」の冷たい国で、「孤独死/無縁死」は金を貯めない本人の責任と言う国である。

建前の精神論「武士道の精神」は裏面に「個人を律せよ」と言う残酷性が顕著で、これが日本の老人福祉行政に対する理解度のネックに成っている。

詳しくは【日本人・その気質のルーツ】を参照して下さい。

関連参考文献
金と日本人】に飛ぶ。
家制度恥文化の規制的な行動制約】に飛ぶ。
頑張る(がんばる)】に飛ぶ。
物造り大国・日本】に飛ぶ。
物造り大国・日本の矛盾】に飛ぶ。
島国日本人気質・謙譲の美徳(けんじょうのびとく)】に飛ぶ。

第五巻】に飛ぶ。
皇統と鵺の影人
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by mmcjiyodan | 2010-09-16 21:41 | Comments(0)  

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