後藤象二郎(ごとうしょうじろう)

後藤氏の遠祖は藤原利仁流後藤氏で、言わば藤姓武士の一分派と言う事に成る。

土佐後藤氏の後藤象二郎(ごとうしょうじろう)の先祖・播磨後藤氏は、播磨別所氏家臣・後藤将監基国(後藤氏当主)で、安土桃山時代から江戸時代初期の武将・黒田孝高(如水)の家臣、後に豊臣秀頼の家臣・後藤基次(ごとうもとつぐ/通称・又兵衞)は後藤基国(ごとうもとくに)の次男だった。

豪傑として知られた後藤又兵衞基次の兄の家が、又兵衛の叔父にあたる播磨の住人・後藤助右衛門で、父とともに山内一豊に召し出され土佐に移り住んだのが、土佐藩上士・後藤氏である。

後藤象二郎 / 象次郎(ごとうしょうじろう)は、その後藤氏・土佐藩の馬廻格百五十石・後藤助右衛門正晴の長男として土佐郡高知街片町に生まれた。

少年期に義理の叔父・吉田東洋(よしだとうよう)の少林塾にて学び、吉田の推挙により千八百五十八年(安政五年)幡多郡奉行、二年後の千八百六十一年(文久元年)には御近習目付、その後は普請奉行として活躍するも、千八百六十二年(文久二年)に武市瑞山の策謀に依り吉田が暗殺されて失脚する。

しかし、千八百六十三年(文久三年)に象二郎 (しょうじろう)は藩政に復帰し、前藩主・山内容堂の信頼を得るとともに、江戸の開成所にて蘭学や航海術、英学も学ぶ。

千八百六十四年(元治元年)、象二郎 (しょうじろう)は大監察に就任し公武合体派の急先鋒として、武市瑞山らを切腹させるなど土佐勤王党を弾圧する。

所が土佐勤王党弾圧から三年、千八百六十七年(慶応三年)に成って象二郎 (しょうじろう)は公武合体派から尊皇攘夷派に転換する。

尊皇攘夷派の坂本龍馬と会談し、龍馬の提案とされる船中八策(新政府綱領八策の俗称)に基づき、将軍・徳川慶喜大政奉還を提議する。

この後の象二郎 (しょうじろう)は在京土佐藩幹部の同意を得た後に、薩摩藩の賛同も得て薩土盟約の締結を為すも帰国して報告すると、容堂は武力発動の可能性を持つ盟約に難色を示す。

折りしも長崎で起きたイギリス人殺害事件で海援隊士に容疑がかかったイカルス号事件の処理で土佐に乗り込んで来た英国公使パークスとの交渉を象二郎 (しょうじろう)が命じられるなど時間を消耗した為、倒幕路線を歩む薩摩との思惑のずれから盟約は解消された。

時流が薩長同盟によって倒幕へ傾斜した事に対する焦りがあり、薩摩との提携解消後も象二郎 (しょうじろう)は大政奉還への努力を続ける。

流石に前藩主・山内容堂も大勢を読み、千八百六十七年(慶応三年)十月三日に象二郎 (しょうじろう)は容堂とともに連署して大政奉還建白書を提出、十一日後の十月十四日、将軍・徳川慶喜がこれを受けて大政奉還を行う。

これらの功により、後藤象二郎(ごとうしょうじろう)は土佐藩中老格七百石に加増され、役料八百石を合わせて計千五百石取りに栄進する。

翌千八百六十八年(慶応四年)パークス襲撃事件鎮圧の功により、象二郎 (しょうじろう)は中井弘と共に英国ビクトリア女王から名誉の宝剣を贈られ、更に維新の功により明治帝(新政府)から賞典禄一千石を賜っている。

象二郎 (しょうじろう)は、新政府で参与、左院議長、参議などの要職に就くが、千八百七十三年(明治六年)の征韓論争に敗れ、三十五歳に成っていた象二郎 (しょうじろう)は板垣退助・西郷隆盛らと共に下野、板垣退助・江藤新平・副島種臣らと共に愛国公党を結成し、民選議院設立を建白する。

千八百八十一年(明治十四年)、象二郎 (しょうじろう)は下野後八年間民選議院設立運動をしていたが、板垣退助を中心として自由党を結成して後に大同団結運動を推進するが、のちに政府への協力に転じる。

黒田内閣や第一次松方内閣で逓信大臣、第二次伊藤内閣で農商務大臣などを歴任、千八百八十七年(明治二十年)、四十九歳の象二郎 (しょうじろう)は伯爵を授けられた。

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by mmcjiyodan | 2010-10-22 02:01 | Comments(0)  

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