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二~三番手の皮肉な論理

二~三番手の皮肉な論理とは、獅子奮迅の活躍をした者が大事を為した後、「必ずしも報われない不幸に見舞われる」と言う歴史法則染みた不公平な情況を言う。

政権の転換期には、必ずその「歴史の皮肉」が現れる。

それは、政権転覆に着手した者が無理をせざるを得ないからで、言わば「信長がつき、秀吉がこねし天下餅、喰らうは家康」の事である。

重要な発想を得るには視点を柔軟に変えて見る事で、歴史的に権力を握るに際して卑怯な振る舞いが無かった事例などこの世に存在しない。

大久保利通三条実美(さんじょうさねとみ)公岩倉具視(いわくらともみ)公の様に汚れ役の屍の上に乗る戦術巧者・駆け引き巧者が最後に笑うのが世の常である。

多少強引だったが突破口を開いた武市瑞山(たけちずいざん/半平太)坂本龍馬西郷隆盛まで本当の功績者は悲劇的末路を辿る事が多い。

つまり政権の転換は、多くの人々の思いと人生が費やされている。

鎌倉幕府の成立には、以仁王(もちひとおう)を始めとする多くの貴族や地方武士の想いが在って治承のクーデター・寿永の乱(俗に言う源平合戦)が始まった。

その歴史的経緯の中で事実を辿れば、源範頼(みなもとのりより)にしても源義経にしても、努力して漸く時代を変える道筋をつけた者が必ずしもその新しい時代に輝いて生き残れないのが残酷な事実である。

新興の中小企業なども同様だが、事業が軌道に乗って楽をするのは二代目経営者で、鎌倉幕府の場合はその二~三番手が北条執権家であり、創業者・源頼朝やそれをサポートした初期の御家人・幹部ではない。

鎌倉幕府を滅亡に追い遣った元弘の乱(げんこうのらん)の主役・後醍醐天皇護良親王(もりながしんのう)、多くの親・後醍醐帝派の武将にした所で、努力して漸く時代を変える道筋をつけた者が、必ずしもその新しい時代に輝いて生き残れない残酷な「世の習い」と言う事実は「歴史の皮肉」と言うべきなのだろか?

ここで南北朝の乱世を制し天下を押さえたのが、「歴史の皮肉」と言うべきか二~三番手の論理に当て嵌まる足利尊氏(あしかがたかうじ)で、南朝方を畿内吉野山と東北・九州に押し込めて室町幕府を開いた。

室町幕府の衰えから応仁の乱が起こり、群雄割拠の乱世から天下統一(天下布武)までもう一歩の所まで漕ぎ着けた織田信長だったが、努力して漸く時代を変える道筋をつけた者が、必ずしもその新しい時代に輝いて生き残れないのが残酷な事実である。

最終的に天下を握って江戸幕府を開いたのは、二~三番手に当たる徳川家康だった事は、「歴史の皮肉」と言うべきなのか?。

欧米列強の外圧と言う国家的危機に在って多くの有意の士が立ち上がり歴史を回転させたが、政権の転換期には必ず「歴史の皮肉」が現れる。

それは、政権転覆に着手した者が無理をせざるを得ないからで、土佐の武市瑞山(たけちずいざん/半平太)や長州の吉田松陰(よしだしょういん)久坂玄瑞(くさかげんずい)などの夢半ばに散った生涯である。

そして倒幕から新政府の地盤固めに到る歴史的経緯の中で、高杉晋作坂本龍馬西郷隆盛まで、努力して漸く時代を変える道筋をつけた者が必ずしもその新しい時代に輝いて生き残れないのが「世の習い」と言う残酷な事実である。

結局明治新政府の舵取りは、勤皇第二世代の伊藤博文井上馨大山巌東郷平八郎らに移って行った。

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by mmcjiyodan | 2010-12-08 16:40 | Comments(0)  

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