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古墳時代(こふんじだい)

古墳時代(こふんじだい)とは、日本列島に於いて、「古墳」、特くに前方後円墳の築造が卓越した時代を意味する考古学上の時期区分である。

一般に弥生時代飛鳥時代の間の時期区分を指し、古墳時代(こふんじだい)以前の縄文時代、弥生時代と対比して用いられる場合が多い。

但しこの古墳時代(こふんじだい)、古墳の成立とその衰滅を如何に捉えるかによって古墳時代の時期区分にも微妙な差異が生じ、前方後円墳が造営され始めた年代に関しても現在学者間で議論が大きく揺れ動いている。

大体に於いて、実際の古墳の築造は畿内・西日本では七世紀前半頃、関東では八世紀の初め頃、東北地方では八世紀の末頃と経時的な誤差があり、その何処を採って時期区分とするかは悩ましい所である。

そこで定説合意の結果、古墳時代(こふんじだい)は一般的には今の所三世紀半ば過ぎから七世紀末頃までの約四百年間を指す事が多い。

実はこの時代に、列島側小国家群(倭の国々)大和合を為した大和朝廷(ヤマト王権)が統一政権として確立して行く所から、その各地の豪族(国主・臣王・国造)とそれを認めた大和朝廷(ヤマト王権)の権威の証明だったのではないだろうか?

つまり前方後円墳は、大王(おおきみ/大国主・おおくにぬし)が統一政権の象徴的最高権力者として確立して行く中で、各地の豪族(国主・臣王・国造)に墳墓の造営を許可した形式であると考えられているからである。

日本国家の成立過程を考察すれば、日本列島の西半分に古代国家・大和朝廷(ヤマト王権)が成立し、王権が強化統一されて行った時代と考えられ、古墳時代終末期に列島側小国家群(倭の国々)から大和朝廷(ヤマト王権)国家へと脱皮し始めた時期である。

中でもこの時代の解釈で違和感を感じるのは、日本列島の西半分に分布していた縄文蝦夷族王渡来部族王の乱立した小国家群(倭の国々)の大和合の古代国家成立経緯が、後の古事記日本書紀マジックで欠落している事である。

そしてこの古墳時代(こふんじだい)こそ、誓約(うけい)に拠る民族的和合神話の現実的進行が為された時期だったからこそ、多くの謎が残ったのではないだろうか?

つまり古代国家・大和朝廷(ヤマト王権)成立過程の古墳時代(こふんじだい)に起こり得た争いの歴史を、記紀神話のベールに包んでしまったのである。

尚、古墳時代と大和朝廷(ヤマト王権)時代はほぼ同時期であるが、推古朝以降の古墳時代後期末葉以降から終末期の時期は、広義の飛鳥時代に所属するとされて次代へ繋がっている。

飛鳥京・飛鳥時代】に続く。

この記述は、【日本史時代区分大略・一覧表】に掲載しております。

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by mmcjiyodan | 2011-01-29 16:57 | Comments(0)  

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