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新田流・山名氏と明徳の乱・山名宗全(やまなそうぜん)と応仁の乱〔二〕

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応仁の乱後の山名氏であるが、力を振るった当主・山名宗全の死後、家督は孫(四男説あり)の政豊が継いだものの、宗全死去や応仁の乱などによって一族の勢力は急速に衰退して行く。

室町幕府の統制が利かなくなり、下克上が始まって山名領内では毛利次郎の乱を初めとする国人による反乱が相次ぎ、播磨、備前、美作は赤松政則(赤松満祐の大甥)に奪われ、政豊は奪回を企てるも千四百八十八年(長享二年)に敗れ、播磨から撤退した。

さらに山名氏は、備後守護の次男・俊豊と備後国人衆とも対立、俊豊を廃嫡して三男の致豊を後継者に決めて決着を着けたが、その過程で国人衆の支持を取り付ける為に特権を与え、それが守護権の縮小に繋がってしまった。

また、出雲国の尼子経久、周防国の大内義興、備前国守護代・浦上村宗らの圧迫を受けるようになり、次第に領土を奪われて致豊の弟・誠豊の時代には、誠豊が但馬国、山名豊時の孫・山名誠通が因幡をかろうじて支配するという状態になった。

これを契機として山名氏宗家は但馬守護家と因幡守護家に分裂し、宗家の家督をめぐって争いを始める。

千五百二十八年(享禄元年)には藤樹・誠豊が死去し、甥の山名祐豊が但馬守護を継ぐも祐豊は一族の誠通を討って弟の豊定を因幡守護とし、山名氏の統一を果たす。

また山名氏統一を果たした山名祐豊は、安芸国の新興勢力・毛利元就とも手を結び旧来の山名氏を戦国大名として再興させた。

漸く再興なったと見えた山名氏だったが、中央に覇を唱えた織田信長の勢力が伸張して来ると、千五百八十年(天正八年)、信長の重臣・羽柴秀吉(豊臣秀吉)の軍勢に取り囲まれて祐豊は死去している。

その後羽柴秀吉(豊臣秀吉)に臣従した祐豊の次男・山名堯熙(やまなあきひろ)は、馬廻衆として秀吉に召抱えられ、その後播磨に所領を与えられた。

また因幡国では、山名豊定の子、山名豊国が秀吉を通じて信長に降伏し、秀吉の家臣となって豊国は秀吉から因幡に所領を与えられ、御伽衆として迎えられている。

因幡国・山名氏の豊国(祐豊の甥で娘婿)は、豊臣対徳川の圧力高まる早くから徳川家康に従った為、千六百一年(慶長六年)に家康から但馬国・村岡に知行六千七百石の所領を与えられ、江戸期を交代寄合格(こうたいよりあいかく/大名待遇)の旗本として存続した。

さらに村岡山名氏は、徳川御三家(尾張藩、紀州藩、水戸藩)と同じ「屋形号(敬称)」も許され「お館様(おやかたさま)」と呼ばれる名誉を得ている。

屋形(やかた)とは、公家や武家など貴人の「館」の事を意味し、室町幕府及び江戸幕府に於いては、名門或いは功績ある武家の当主に許された称号または敬称であり「屋形号」と言う。

「屋形号」が成立したのは室町時代初期の頃であり、足利氏の一門や有力な守護大名、守護代、主に室町幕府の成立や謀反人討伐に功ある国人領主に許された。

これが派生して、戦国期には家臣が国人領主を呼ぶ「お館様」に成ったが、厳密に言うと正式な「屋形号」は、時の幕府が認めた称号または敬称に限られる。

この但馬国・村岡の山名氏だが、明治維新後の千八百五十九年(明治二年)、当主・山名義済が知行を一万一千石への高直しを明治政府に認められ大名となり、新たに但馬村岡藩の立藩に成功する。

この但馬村岡藩立藩に拠り但馬村岡藩・山名氏は、千八百八十四年(明治十七年)華族として男爵に叙されている。

尚、千六百十五年(慶長二十年)の大坂夏の陣で、但馬国・山名氏の堯熙の子・山名堯政(やまなあきまさ)は大坂の豊臣方に付き、大坂城で戦死するも堯政の子は、山名家旧臣清水氏の養子となる事で生きながらえ、曾孫・時信の代になって山名氏に復し山名時信を名乗って居る。

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by mmcjiyodan | 2011-02-12 14:44 | Comments(0)  

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