リストラ(浪人)士族の抵抗

明治維新は、江戸幕府・徳川政権の政治体制を根本的に構造破壊する新政府の設立を目指したものである。

下関戦争(馬関戦争/ばかんせんそう)薩英戦争(さつえいせんそう)で欧米列強の戦闘能力を知った尊皇攘夷派は、アッサリと倒幕一辺倒に切り替え攘夷の看板を下ろしている。

だが、「藩命に殉じる」とする「武士としての思想信条」は何処へ行ったのだろうか?

「世界の現実を学んだ」と言えばそれまでだが、本音は「どうにかして下士身分から這い上がりたい」と言う野心満々の現体制破壊が在ったのではないだろうか?

つまり仕えていた藩主の意向も、孝明天皇(こうめいてんのう)の攘夷勅命(じょういちょくめい)も無視した権力奪取が明治維新の実態かも知れない。

彼ら維新の英雄に名を連ねて居る連中は押し並べて聡明で、しかも「従来の定説」に囚われ無い「先進を模索する」感性を持っていた。

「従来の定説」を否定する事は既存のルールを無視する事であるが、だからこそ明治維新は成立した。

誰でも判っている事だが、新しい事を創造するには、まずは既得権益の構造破壊から始めなければ成功は在り得ない。

明治新政府は、「財源の捻出」の為に既得権益の構造破壊を始め廃藩置県及び帯刀禁止・禄の支給(知行地召し上げ)を強力に推し進める。

維新時の武士は官僚・役人だが軍人を兼務していたから官僚・役人としては無役でもいざと言う時の兵力として無駄に多少の俸禄を食(は)んでいる。

つまり平常業務には過剰の人員を抱えている事になる。

その奉公する藩が廃されるのだから、彼らはリストラ(浪人)される事に成る。

実質世襲で受け継がれて来た旧武士階級の、現在で言う官僚や地方公務員的仕事だったほとんどはリストラ(浪人)された訳である。

所が既得権益を持つ連中は、武士の特権を取り上げられては死活問題だから、当時でも現代の様に例え国が滅ぼうともその権益を手放さないように抵抗する。

旧体制の利権を奪われた士族(旧武士階級)の不満は、専業軍人(武士)だっただけに、国家の根幹に関わる重大懸念だった。

その既得権益の構造破壊に憤慨した佐賀県士族の佐賀の乱(明治七年二月四日)、熊本県士族の神風連の乱(明治九年十月二十四日)、福岡県士族の秋月の乱(明治九年十月二十七日)、山口県士族の萩の乱(明治九年十月二十八日)が立て続けに起こっている。

それらの「神風連の乱」、「秋月の乱」、「萩の乱」、そして「佐賀の乱」や「西南戦争/西南の役」は、武士と言う既得権益を失いつつ在った士族の断末魔に似た抵抗だった。

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皇統と鵺の影人
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by mmcjiyodan | 2012-08-03 16:26 | Comments(0)  

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