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満州国建国(まんしゅうこくけんこく)

満州国(まんしゅうこく)は、千九百三十二年から千九百四十五年の間、満州(現在の中国東北部)に存在した国家である。

大日本帝国および中華民国、ソビエト連邦、モンゴル人民共和国、蒙古聯合自治政府(後に蒙古自治邦政府と改称)と国境を接していた。

帝政移行後は「大満州帝国(大滿洲帝國)」或いは「満州帝国」などとも呼ばれていた。

柳条湖事件発生から四日後の千九百三十一年九月二十二日、関東軍の満州国領有計画は陸軍首脳部の反対で独立国家案へと変更された。

参謀本部は参謀・石原莞爾(いしわらかんじ)中佐らに溥儀を首班とする親日国家を樹立すべきと主張し、石原中佐は国防を日本が担い、鉄道・通信の管理条件を日本に委ねる事を条件に満蒙を独立国家とする解決策を出した。

現地では、関東軍の工作により、反張学良の有力者が各地に政権を樹立しており、九月二十四日には袁金鎧を委員長、于冲漢を副委員長として奉天地方自治維持会が組織され、二十六日には煕洽を主席とする吉林省臨時政府が樹立、二十七日にはハルビンで張景恵が東省特別区治安維持委員会を発足した。

翌千九百三十二年二月に、奉天・吉林・黒龍江省の要人が関東軍司令官を訪問し、満洲新政権に関する協議をはじめた。

二月十六日、奉天に張景恵、臧式毅、煕洽、馬占山の四巨頭が集まり、張景恵を委員長とする東北行政委員会が組織された。

二月十八日には「党国政府と関係を脱離し東北省区は完全に独立せり」と、満洲の中国国民党政府からの分離独立が宣言された。

千九百三十二年三月一日、上記四巨頭と熱河省の湯玉麟、内モンゴルのジェリム盟長チメトセムピル、ホロンバイル副都統の凌陞を委員とする東北行政委員会が、元首として清朝最後の皇帝・愛新覚羅溥儀を満洲国執政とする満洲国の建国を宣言した。

元号を「大同」とし、首都には長春が選ばれて「新京」と命名され、国務院総理(首相)には鄭孝胥が就任した。

その後、千九百三十四年三月一日には溥儀が皇帝として即位し、満洲国は帝政に移行して元号を康徳に改元した。

国務総理大臣(国務院総理から改称)には鄭孝胥(後に張景恵)が就任した。

元々満州(中国東北部)は 、歴史上おおむね女真族(後に満州族と改称)の支配区域で、満洲国建国以前に女真族の建てた王朝として、金や後金(後の清)がある。

千九百十二年の清朝(清帝国)滅亡後は中華民国の領土となったが、政情は安定せず、事実上軍閥の支配下に置かれた。

千九百三十一年、柳条湖事件に端を発した満州事変が勃発、関東軍(大日本帝国陸軍)により満洲全土が占領された。

関東軍の主導の下、同地域は中華民国からの独立を宣言し、千九百三十二年三月、満洲国の建国に至った。

元首(満洲国執政、後に満洲国皇帝)には清朝最後の皇帝・愛新覚羅溥儀が就いた。

満洲国は建国にあたって自らを満州民族と漢民族、蒙古民族からなる「満洲人、満人」による民族自決の原則に基づく国民国家であるとした。

また建国理念として、日本人・漢人・朝鮮人・満洲人・蒙古人による「五族協和」を掲げた。

満洲国は建国以降、日本、その中でも関東軍の強い影響下にあり「大日本帝国と不可分的関係を有する独立国家」と位置付けられていた。

当時の国際連盟加盟国の多くは、「満洲地域は中華民国の主権下にあるべき」とする中華民国の立場を支持して日本政府を非難した。

この事が、千九百三十三年(昭和八年)に日本が国際連盟から脱退する主要な原因となった。

しかしその後、ドイツやイタリア、タイ(シャム)王国など多くの日本の同盟国や友好国、そしてスペインなどのその後の第二次世界大戦における枢軸寄り中立国も満州国を承認する。

そして、国境紛争をしばしば引き起こしていたソビエト連邦も領土不可侵を約束して公館を設置するに至り、当時の独立国の三分の一以上と国交を結んで安定した状態に置かれた。

またアメリカやイギリスなど国交を結んでいなかった国も大企業の支店を構えるなど、人的交流や交易をおこなっていた。

第二次世界大戦末期の千九百四十五年(昭和二十年)、日ソ中立条約を一方的に破棄した赤軍(ソビエト連邦軍)による満洲侵攻と、日本の太平洋戦争敗戦により、八月十八日に満洲国皇帝・溥儀が退位して満洲国は滅亡する。

満洲地域はソ連の支配下となり、次いで中国国民党率いる中華民国に返還された。

その後の国共内戦を経て、現在は中国共産党率いる中華人民共和国の領土となっている。

中華民国及び中華人民共和国は、現代でも満洲国を歴史的な独立国として見なさない立場から、否定的文脈を用いて「偽満」「偽満州国」と表記する。

また、同地域についても「満洲」という呼称を避け、「中国東北地区」と呼称している。

日本では通常、公の場では「中国東北部」または注釈として「旧満洲」という修飾と共に呼称する。

関連小論・【張作霖爆殺事件・柳条湖事件の陰謀】を参照下さい。

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by mmcjiyodan | 2012-08-13 03:33 | Comments(0)  

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