石原莞爾(いしはらかんじ)と板垣征四郎(いたがきせいしろう)

石原莞爾(いしはらかんじ)と板垣征四郎(いたがきせいしろう)は伴に「上士格の家格を持つ家柄だった」が、維新時に旧幕府方に付いた奥州(東北)列藩の出自である。

薩長土肥の藩閥政治から置いて行かれた両名には、何処かで殊勲を上げる家名再興の気持ちが強かったのかも知れない。

石原莞爾(いしはらかんじ)の父・石原啓介は元山形県庄内藩士で、莞爾の祖父は酒田奉行の要職を勤む結構な家柄だった。

その石原啓介の長男として鶴岡に生まれた莞爾(かんじ)は、仙台の幼年学校から士官学校(二十一期)を経て、明治四十二年、少尉に任官して山形の第三十二連隊に就任する。莞爾(かんじ)は会津若松連隊の新設にともなって転勤、才能を認められた上司に勧められて入学した陸軍大学校を優等で卒業している。

板垣征四郎(いたがきせいしろう)は旧盛岡藩士族で、父・板垣政徳は気仙郡郡長、女学校校長を務める地元の名士だった。

征四郎(いたがきせいしろう)は、盛岡中学、仙台陸軍地方幼年学校、陸軍士官学校(十八期)で学び、陸軍大学校(二十八期)を卒業している。

その二人が、満州の地・関東軍に赴任してある目的で意見が一致した。
その一致した目的が、満蒙領有計画だったのである。

石原莞爾(いしはらかんじ)中佐と板垣征四郎(いたがきせいしろう)大佐は、関東軍に拠る満蒙領有計画を立案する。

千九百三十一年(昭和六年)板垣征四郎大佐は、石原莞爾(いしはらかんじ)らと満州事変を実行、二十三万の張学良軍を相手に僅(わず)か一万数千の関東軍で、日本本土の三倍もの面積を持つ満州の占領を実現した。

ただしこの関東軍・佐官級参謀陣の一連の行動は、参謀本部・陸軍省と言った当時の陸軍中央(省部)の国防政策から逸脱していた。

明確な軍規違反であり、大元帥・昭和天皇の許可なしに越境で軍事行動するのは死刑にされるほどの重罪で在ったが、処罰される何処か首謀者達は出世した。

くどいようだが、卑怯な事はせず君命には逆らわない筈の「武士道の国の皇軍・関東軍」は、一皮剥(む)いた本音ば手段を選ばぬ謀略の軍隊だった。

中央の意向を無視して、石原莞爾(いしはらかんじ)中佐と板垣征四郎(いたがきせいしろう)大佐が動かした関東軍が、傀儡国家・満州国の建国に到る行為は、太平洋戦争に続く滅びの道だった。

只、この満州国の建国は、要は理性をスッ飛ばした感性で国民を高揚させ、民族意識を満足させるものだった事は確かである。

その点では、当時の国民が都合の良い情報だけを流されて理性が働かず、感性だけの甘い夢に踊らされて居た事になる。

板垣征四郎は後に陸軍大臣(第一次近衛内閣及び平沼内閣)を務めなど中央で出世、大将に、石原莞爾(いしはらかんじ)は中将まで昇っている。

そして征四郎は、盟友の石原莞爾(いしはらかんじ)の才能を認めて、東条英機(とうじょうひでき)と対立する莞爾(かんじ)を擁護して居た。

為に征四郎は、時の権力者・東条英機(とうじょうひでき)に中央から外されてシンガポール方面軍に飛ばされた。

最終階級は陸軍大将・第七方面軍(シンガポール方面軍)司令官、敗戦時にシンガポールで英国軍に身柄を拘束され連合国によりA級戦犯に指定される。

東京裁判を法的根拠から見れば「適法で無い事は明らか」で、それを言ったらA級戦犯は無罪である。

しかし戦争遂行者は、自国民と相手国民の命を多数消耗した事実に対して真摯に責任を負うべきである。

即ち、戦争遂行者が「法的根拠で無罪」だからと言って、戦争遂行に力を持たなかった純粋な英霊達と同じ靖国社合祀は、戦争遂行者の責任をウヤムヤにする行為である。

征四郎は極東国際軍事裁判で死刑判決、千九百四十八年(昭和二十三年)十二月二十三日、シンガポールで絞首刑に処せられた。

一方、石原莞爾(いしはらかんじ)は左遷されて終戦当時予備役だった為に戦犯指定を免れている。

板垣征四郎と石原莞爾(いしはらかんじ)が運命を分けたのは、莞爾(かんじ)と東条英機(とうじょうひでき)との対立からである。

石原莞爾(いしはらかんじ)の様な天才児の発想は常識外れだから、暫(しば)しその発信は変人扱いに成る。

まさしく莞爾(かんじ)は典型的な天才児で、演説巧者だけの口先男の東条英機(とうじょうひでき)の無能振りを見破っていていた。

当時、飛ぶ鳥落とす勢いの東条英機を、正面切って批判したのは莞爾(かんじ)だけで、東條英機にして見れば、莞爾(かんじ)の批判的な言動を「許すべからざるもの」と思っていた。

東條英機は、莞爾(かんじ)の口を塞ぐ為に現役を退かせ予備役へ編入する。

結果、莞爾(かんじ)は、東條英機との対立が有利に働き、極東国際軍事裁判に於いては戦犯の指名から外された。

関連小論・【張作霖爆殺事件・柳条湖事件の陰謀】を参照下さい。

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by mmcjiyodan | 2012-08-17 00:45 | Comments(0)  

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