孝明天皇崩御の謎〔一〕

幕末の政治混乱の中、尊攘派志士達の権力を巡る争奪戦に孝明天皇は巻き込まれて行く。
孝明天皇個人の権威は低下して、次第に公武合体の維持を望む天皇の考えに批判的な人々からは天皇に対する批判が噴出して行く。

千八百六十六年(慶応二年)孝明天皇は突然発病し、時代に翻弄されながら在位二十一年にして崩御する。
ご壮健であらせられた孝明天皇が数えの三十六歳の若さにしてあえなく崩御してしまった事から、直後にその死因に対する不審説が漏れ広がっている。

この「孝明天皇の謎の死」が、もし謀殺で在ったなら、お側近くに仕える公家の中にその犯人が居なければ、説明が着かない。

もしそれであれば、孝明帝暗殺の陰謀はそこで完結するのでは無く、ある目的の大陰謀の序章に過ぎない恐れがあった。

となると、そのお側近くに仕える公家には孝明天皇謀殺に止まらない一連の大陰謀があり、確信犯的な目的を持って居た可能性を感じる。

この時点で、江戸幕府守旧派と尊皇攘夷の革新派が、国家体制をめぐって大きく対立していた事に成る。

守旧派のトップは、北朝系「孝明天皇」と徳川第十四代将軍「家茂(いえもち)」で、二人の思想は、「公武合体・鎖国攘夷」である。

二人は和宮(孝明天皇の妹、家茂の妻)を通じて義兄弟で、旧体制の維持を謀っていた。その二人が、相次いで亡くなった。

その死が不自然で、今日でも根強く「暗殺説」が囁かれている。

こんな矛盾する事は無いのだが、この孝明天皇の突然死が謀殺であれば、御側(おそば)近くに仕える公家にしか為し得ない。

そして孝明天皇の腹心とも言える侍従は、後に明治維新を主導した野心の固まりの様な人物・岩倉具視(いわくらともみ)卿だった。

つまり、混迷する幕府政治の情況を打開すべく動いた尊皇攘夷派公家の仕業としたら、一連の動機は尊皇では無く野心満々の立身出世である。

確かに情況は切迫し、この時に明治維新の大業がなされなければ、日本の運命は欧米いずれかの植民地に変わっていたかも知れない。

しかし、孝明天皇は突然病死した。

その跡を継いだ睦仁親王(明治天皇)が、途中で「誰かと入れ替わった」と言う噂が存在する。

あくまでも噂であるが、その後の皇統史的扱いから疑いは濃い。

西暦千八百六十七年一月十六日、和暦慶応二年十二月十一日、風邪気味で在った孝明帝は宮中で執り行なわれた神事に医師達が止めるのを押して参加し、翌十二日に発熱する。

孝明帝の持病である痔を長年に渡って治療していた典薬寮の外科医・伊良子光順(いらこみつおさ)の日記にその経緯が書かれていた。

孝明帝が発熱した十二日、執匙(しっぴ/天皇への処方・調薬を担当する主治医格)で在った高階経由(たかしなつねよし)が診察して投薬したが、翌日になっても病状が好転しなかった。

十四日以降、伊良子光順(いらこみつおさ)など他の典薬寮医師も次々と召集され、昼夜詰めきりでの診察が行われた。

西暦千八百六十七年一月二十一日(和暦慶応二年十二月十六日)、高階らが改めて診察した結果、天皇が痘瘡(天然痘)に罹患(りかん)している可能性が浮上する。

執匙(しっぴ/主治医)の高階経由は痘瘡の治療経験が乏しかった為、経験豊富な小児科医二名を召集して診察に参加させた。

その結果、いよいよ痘瘡(とうそう/天然痘)の疑いは強まり、十七日に武家伝奏などへ天皇が痘瘡に罹った事を正式に発表した。

これ以後、天皇の拝診資格を持つ医師総勢十五人により、二十四時間交代制での治療が始まった。

孝明天皇の公式の伝記である「孝明天皇紀」に拠れば、医師達は天皇の病状を「御容態書」として定期的に発表していた。

この「御容態書」に於ける発症以降の孝明天皇の病状は、一般的な痘瘡患者が回復に向かってたどるプロセス通りに進行している事を示す「御順症」とされていた。

しかし、典薬寮の外科医・伊良子光順の日記に於ける十二月二十五日の条には、孝明天皇の痰が酷く、他の医師二人が体をさすり、光順が膏薬を貼り、他の医師達も御所に昼夜詰めきりで在った。

回復に向かっていた筈の帝の予期せぬ容態の急変に、拝診資格を持つ十五名の医師団は右往左往するばかりで為す術(すべ)も無い。

その伊良子光順の日記に「十二月二十五日亥の刻(午後十一時)過ぎに崩御(ほうぎょ/亡くなる)された」と記されている。

中山忠能の日記にも、「御九穴より御脱血」などと言う娘の慶子から報じられた壮絶な天皇の病状が記されている。

しかし崩御(ほうぎょ/亡くなる)の事実は秘され、実際には命日と成った二十五日にも、「益々ご機嫌が良く成られました」と言う内容の「御容態書」が提出されている。

天皇の崩御が公にされたのは二十九日に成ってからの事だった。

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by mmcjiyodan | 2012-08-21 17:56 | Comments(0)  

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