殿(しんがり)と「金ヶ崎の戦い」

殿(しんがり)とは軍事用語で、撤退する部隊の中で最後尾の箇所を担当する部隊を指し、敵の追撃を阻止し本隊の後退を掩護する事を目的とする。

最後尾で行動する意味の「しりがり(後駆)」が変化した語で、同義語には「殿軍(でんぐん)」、「後備え(あとぞなえ)」、「尻払い」が変化した「しっぱらい」などが在る。

その撤退作戦で損害を最小限に止める目的の為に、殿(しんがり)は本隊から支援や援軍を受ける事もできない。

殿(しんがり)は、限られた戦力で敵の追撃を食い止めなければならない最も危険な任務であった為、古来より武芸・人格に優れた武将が務める大役とされて来た。

この殿(しんがり)作戦で今に残る有名な作戦が、織田信長が危機一髪と成った「金ヶ崎の戦い」の殿(しんがり)作戦である。

「金ヶ崎の戦い」は、若狭の朝倉義景(あさくらよしかげ)攻め出陣中の織田信長の軍勢が、江北・浅井長政(あざいながまさ)に挟み撃ちに在って形勢不利と判断し撤退した作戦である。

従来、「金ヶ崎の戦い」の殿(しんがり)は、「木下藤吉郎(羽柴秀吉)だった」と定説化されていた。

しかし実は、池田勝正が金ヶ崎で殿軍を率いて朝倉軍の追撃を撃退し、木下藤吉郎は殿軍の一武将として功をあげ織田信長から褒美を得た事が判っている。

織田武将を表現した「木綿藤吉(丈夫でよく働く/秀吉)、米五郎左(地味だけど無いと困る/丹羽長秀)懸かれ柴田(勇猛果敢/勝家)退き佐久間(退却戦が得意/信盛)」と言う「はやり歌(言葉)」がある。

その表現から、佐久間信盛は「殿(しんがり)を巧く熟(こ)なせる人物であった」と伝えられるが、信盛は結局、信長が退いて欲しく無い場面でも退いて信長を怒らせている。

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皇統と鵺の影人

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by mmcjiyodan | 2013-01-13 20:38 | Comments(0)  

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