有栖川宮・熾仁親王(ありすがわのみや・たるひとしんのう)

有栖川宮・熾仁親王(ありすがわのみや・たるひとしんのう)は、有栖川宮・幟仁親王(ありすがわのみや・たかひとしんのう)の第一王子で、幼名は歓宮(よしのみや)を称した。

徳川家に降嫁した和宮親子内親王と婚約していた事で知られるが和宮との婚約は時の政治情勢により反故となる。

為に、旧水戸藩主・徳川斉昭の娘で徳川慶喜(とくがわよしのぶ)の妹・徳川貞子を、明治維新後に最初の妃として迎えている。


十五代将軍・徳川慶喜は、千八百六十七年(慶応三年)十月大政奉還により政権を朝廷へ返上する。

政権を返上した慶喜は新設されるであろう諸侯会議の議長として影響力を行使する事を想定していた。

所が、討幕派の公家・岩倉具視(いわくらともみ)や薩摩藩の大久保利通(おおくぼとしみち)西郷隆永(さいごうたかなが・隆盛/薩摩)らが主導した十二月初旬の王政復古の大号令とそれに続く小御所会議によって慶喜自身の辞官納地(官職・領土の返上)が決定されてしまう。

この処置に旧幕府軍は、慶応四年正月三日、鳥羽(京都市)で薩摩藩兵と衝突し、鳥羽・伏見の戦いと呼ぶ戦闘となった。

鳥羽・伏見の戦局は旧幕府軍が劣勢に陥り、朝廷は薩摩・長州藩兵側を官軍と認定して錦旗を与え、幕府軍は朝敵となってしまう。

その為山城・稲葉藩(淀藩)や津藩などが旧幕府軍から離反し、慶喜は六日、軍を捨てて大坂城を脱出、軍艦・開陽丸で海路江戸へ逃走し、鳥羽・伏見の戦いは幕府の完敗で終幕した。

正月十一日、海路品川に到着した慶喜は、翌十二日江戸城西の丸に入り今後の対策を練り、徳川家人事の変更が行われる。

若年寄 ・平山敬忠、同・川勝広運、 陸軍総裁・ 勝義邦(海舟)、同副総裁 ・藤沢次謙 、海軍総裁 ・矢田堀鴻、同副総裁 ・榎本武揚(えのもとたけあき)、会計総裁 ・大久保忠寛(一翁)、同副総裁 ・成島柳北、 外国事務総裁・ 山口直毅、同副総裁・河津祐邦と言う新体制の顔ぶれだった。


慶喜が海路江戸へ逃走した頃、既(すで)に新政府は正月五日には橋本実梁(はしもとさねやな/公家・羽林家)を東海道鎮撫総督に出撃させる。

整然と隊列を組んだ官軍は、錦旗を翻し威風堂々とピーヒャラと鼓笛を鳴り響かせながら東海道を江戸に向かって進軍して行く。

官軍の東征に列した軍勢の主力は世に薩長土肥と言う、薩摩勢(島津藩)、長州勢(毛利藩)、土佐勢(山内藩)、肥前勢(鍋島藩)だった。

同九日には東海道・東山道・北陸道の三道から江戸を攻撃すべく、岩倉具定(いわくらともさだ/公家)を東山道鎮撫総督に、高倉永y\(たかくらながさち/公家)を北陸道鎮撫総督に任命して出撃させていた。

そして二月六日天皇親征の方針が決まると、それまでの東海道・東山道・北陸道鎮撫総督は先鋒総督兼鎮撫使に改称された。

二月九日には新政府総裁の有栖川宮・熾仁親王(ありすがわのみや・たるひとしんのう)が東征大総督に任命(総裁と兼任)される。

先の鎮撫使は全(すべ)て大総督の指揮下に組み入れられた上、大総督には江戸城・徳川家の件のみならず東日本に関わる裁量のほぼ全権が与えられた。

大総督府参謀には正親町公董(おおぎまちきんただ/公家)・西四辻公業(にしよつつじきみなり・きんなり/公家)が、下参謀には広沢真臣(ひろさわさねおみ/長州)が任じられた。

所が、寛大な処置を主張する広沢真臣(ひろさわさねおみ/長州)は十二日に下参謀を辞退し、代わって強硬派の西郷隆永(さいごうたかなが・隆盛/薩摩)と林通顕(はやしみちあき/宇和島)が十四日に補任された。

二月十五日、熾仁親王(たるひとしんのう)以下東征軍は京都を進発して東下を開始し、三月五日に駿府に到着する。

翌六日には大総督府の軍議に於いて江戸城進撃の日付が三月十五日と決定されたが、同時に、将軍・徳川慶喜(とくがわよしのぶ)の恭順の意思が確認できれば一定の条件でこれを容れる用意がある事も「別秘事」として示されている。

この頃には既(すで)に西郷隆永(さいごうたかなが・隆盛/薩摩)や大久保利通(おおくぼとしみち/薩摩)らの間にも、慶喜(よしのぶ)の恭順が完全であれば厳罰には及ばないとの合意ができつつあった。

実際、これらの条件も前月に大久保利通(おおくぼとしみち/薩摩)が新政府に提出した意見書にほぼ添うものであった。

江戸城無血開城(えどじょうむけつかいじょう)】へ続く。

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by mmcjiyodan | 2013-02-22 16:15 | Comments(0)  

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