熊野古道(くまのこどう)

白河上皇(第七十二代天皇)は、自らの神的霊力を補完する為に、後に熊野古道(くまのこどう)として世界遺産に登録される熊野霊場群の参詣を利用する。

熊野古道(くまのこどう)は紀伊半島に位置し、三重県、奈良県、和歌山県、大阪府に跨る道で、熊野三山へと通じる参詣道(さんけいみち)は、紀伊路・小辺路・中辺路・大辺路・伊勢路と呼ばれる五道の総称である。

伊勢路(いせじ)とは、熊野古道(くまのこどう)五道の内の一つで、伊勢国・伊勢神宮から熊野三山(熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社)へ通じる参詣道(さんけいみち)、熊野参詣道のひとつである。

熊野三山(熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社)への参詣は、九百七年・平安期の「宇多法皇(五十九代天皇)の熊野行幸が最初」と伝えられている。

熊野三山への参詣が頻繁に行われるようになったきっかけは、千九十年に始まった白河上皇の熊野御幸からで、白河上皇はあわせて九回の熊野御幸を行った。

これにより京都の皇族、貴族の間に熊野詣が行われるようになり、後の後白河上皇(七十七代代天皇)も三十三回の熊野御幸を行っている。

江戸時代に入ると、伊勢詣(伊勢神宮参詣)と並び、熊野三山詣は、広く庶民が行うようになり、一時は熊野付近の旅籠に一日で八百人の宿泊が記録された事も在ったと伝えられている。

二千四年には、熊野古道(くまのこどう)は「紀伊山地の霊場群(吉野・大峯、熊野三山、高野山を含む)と参詣道(さんけいみち)」の一部としてユネスコの世界遺産(文化遺産における「遺跡および文化的景観」)として登録された。

◆神話で無い、リアルな初期日本人の成り立ちについては、【日本人の祖先は何処から来たのか?】を参照下さい。

◆白河上皇(第七十二代天皇)関連記事
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by mmcjiyodan | 2014-09-19 15:55 | Comments(0)  

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