祭り(祀り)

庶民の間に、男女の交わりを指す隠語として「お祭りをする。」と言う用法がある。

本来、信心深いはずの庶民の間で、神の罰当たりも恐れず使われていたこの言葉の意味は、何故なのだろうか?

命を繋ぐこの行為を、「ふしだらなもの」ではなく、「神聖なもの」と捉えられていたからに他ならない。

何処までが本気で何処までが方便かはその時代の人々に聞いて見なければ判らないが、五穀豊穣や子孫繁栄の願いを込める名目の呪詛(じゅそ)として、祭り(祀り)としての性交行事が認められていた。

現在の社会合意では、誓約(うけい)の性交など理解出来ないとんでもない事である。

しかし時代背景を考えれば、部族混血に拠る「部族間の争いに対する平和の獲得」の神事は必然とも言え、当然考えられる知恵である。

つまり、祭り(祀り)事は政(マツリゴト・政治)であると同時に政治は性事で、誓約(うけい)の性交は神聖な神事(マツリゴト・政治)である。

弥生期初期の頃は、大きく分けても本来の先住民・蝦夷族(えみしぞく/縄文人)加羅族(からぞく/農耕山岳民族)系渡来人呉族(ごぞく/海洋民族)系渡来人の三つ巴、その三っも夫々に部族集団を多数形成していた。

つまり最大の政治(まつりごと)は、それらの勢力の争いを回避する手段の発想から始まり、その和解の為の最も実効があるツール(道具)が誓約(うけい)の性交に拠る血の融合だった。

そしてその誓約(うけい)の性交は、新しい併合部族の誕生を呪詛(祈る)する神事と位置付けられて、主要な「祀(祭・奉)り」となった。

語呂合わせみたいな話だが、祀(祭・奉)り事は政治(まつりごと)であり、政治(まつりごと)は性事(せいじ)と言う認識が在った。

神社の祭典は、時代の変遷に伴って現在のように大人しいものに成ったが、当初はエロチックなものだった。

そもそも日本列島の神・事代主(ことしろぬし)は、田の神(稲作神)である。

元々「生み出す」と言う行為は神の成せる業で、それを願う行為が「お祭り(性交)」なのである。
気が付くと、神前で挙げる結婚の原点が此処に垣間見れる。

日本の祭りのルーツは、「妙見祭」の北斗妙見(明星)信仰が源(もと)であり、田の神(稲作神)・事代主(ことしろぬし)から始まった陰陽修験の影響を受けているから大抵は「乱交祭り文化」である。

つまり、建前(本音はただの性欲のはけ口かも知れないが?)子供(命)を授かる事が豊作を祈る神事であるからだ。

例えば、京都・宇治の「暗闇祭り」、今でこそ暗闇で御輿を担ぐ程度であるが、昔は暗闇で、相手構わず男女が情を通ずる為の場だった。

こうした事例は何も珍しい事ではなく、日本全国で普通に存在する事だった。

そこまで行かなくても、若い男女がめぐり合う数少ないチャンスが、「祭り」の闇で有った事は否定出来ない。

そうした風俗習慣は明治維新まで続き、維新後の急速な文明開化(欧米文化の導入)で政府が禁令を出して終焉を迎えている。

陰陽修験が、民衆を宗教的にリードした事は間違いがない。

勿論、初期の現実的な現象として武術を修めた「影の官憲」である修験道士を、村の恭順を示す為に歓待する村も多かった。

当然の事ながら、酒食に加え村娘を差し出してお相手に宛がうのは、当時の感覚では至極当り前だった。

そこを怠ると、無秩序に村娘に手を付けられる恐れがあるから、村側に最低限の選択権を確保するには、それも止む負えない処置だった。

或いはこの大神(狼)様相手の事を、「お祭り」と呼んだのかも知れない。

「祭り事」は統治の意味でもあり、「お祭りをする」は性交の隠語でもある。

祭らわぬ(マツラワヌ)とは「氏上(氏神/鎮守神)を祭らわぬ」と言う意味だが、つまりは「氏族に従わない」と言う事で、この辺りの民心を慮(おもんばか)ると、氏上(氏神/鎮守神)の祭りに事寄せ、神の前の暗闇で乱交を行なうそれ事態が、ある意味「民の氏族への反抗心が為せる事」と言う読み方も伺えるのである。

夜這いは、愛すべき日本人の知恵だった【私の愛した日本の性文化】に飛ぶ。

我が国の「祭り(祀り/奉り)」の意味合いでは、政治を「マツリゴト」と表現し「お祭りをする」は性交の隠語でもある事の解釈であるが、これこそ天岩戸伝説を始めとする誓約(うけい)に拠る異民族統合を経験したこの国の成り立ち意味しているからである。

つまり最大の政(祭り)事(政治行動)が誓約(うけい)の性交に拠る異民族和平だったからこそ、祭事(祀り/奉り)=政治(マツリゴト)=性交(せいこう)と言う言葉への解釈に、同じ意味合いを持たせる共通認識が過去に存在したのではないだろうか?

古事記日本書紀に於けるエロチックな神話から人身御供伝説まで、桓武帝修験道師を使ってまで仕掛け、「性におおらかな庶民意識」を創り上げた背景の理由は簡単な事で、異部族を混血化して単一民族に仕立てる事であり、為政者にとって見れば搾取する相手は多いほど良いのである。

実はこれらの神話は、多くの多部族・多民族が日が昇る東の外れの大地・日本列島で出遭った事に始まる物語である。

その多部族・多民族が夫々(それぞれ)に部族国家(倭の国々)を造り鼎立していた日本列島を混血に拠って統一し、日本民族が誕生するまでの過程を暗示させているのである。

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◆世界に誇るべき、二千年に及ぶ日本の農・魚民の性文化(共生村社会/きょうせいむらしゃかい)の「共生主義」は、地球を救う平和の知恵である。

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by mmcjiyodan | 2008-04-27 19:27 | Comments(0)  

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