建前民族国家・日本

そもそも大和朝廷(ヤマト王権)によって、日本列島の西日本統一が実現された時、征服(侵略)部族の王達が神格化された事もあって、「神の威光で統治する」と言う呪術的発想から、「軍事力ないし警察力の行使」と言う汚れた仕事は、国家の制度の内に「公式のものとしての存在を認めない」と言う世界でも類の少ない建前の「特異な制度」が採用された。

この建前の「特異な制度」、「神の威光で統治する」が採用されたのは、当時バラバラだった部族を、平和的に一つにまとめるには、「精神的な支柱(神の導き)」が必要だったからである。

「建前」の事を、「物事をスムーズに進める為の方便」とする言い分も在るが、突き詰めてしまえば「建前とは現実と向き合わない為の卑怯な方便」で、主として面倒な事を嫌う性格の人が好きである。

日本の歴史を見てみると、日本人が如何に「建前」にばかりに拘(こだわ)って居るかが判る。

余りにも一民族丸々の人間が、その「建前」を普通の事のように受け入れて、不思議に思わない所が問題なのである。

つまり、「建前」でものを言いながら本音で違う行動をするから、そこが外国人に理解されない点である。

日本は神代の昔から、武力ではなく「大王(おおきみ・天皇)の威光(信仰的な精神世界)で国を治める」と言う、理想主義的な信仰を利用したところから国の形態が成立した経緯があり、「建前」に重きを置く民族である。

それは「建前」で物を言うから、内容は確かに立派である。

例えば米国の銃社会を批判するに、その前提は「建前の精神世界」である。

乱射事件が起きると、銃の規制より護身用所持に走る米国民を安易に「建前」で批判する。

しかし、これは諸外国と比較すると、ある面日本人の独り善がり的なところである。

勿論「建前」だから日本人の言い分の内容は立派だが、国際社会では、もっとリアル(現実)な考えかを持つ民族の方が遥かに多いのである。

何故なら、「建前の精神世界」でも毎日のように無差別通り魔殺人は起き、暴力団は容易に拳銃を所持している。

そこまで行かなくても、大企業の営利主義による「トラブル隠し」は、たとえ「間接殺人になろうか」と言う危険なものでも、平気で隠そうとする。

国民の「範」足るべき代議士から高級官僚、警察官から教師まで、犯罪またはルール違反をする度に、イレギラー(特殊)だと「建前の精神世界」に逃げ込んで、物事の本質を見ようとしない。

そうしたイレギラー(特殊)の当事者は何も特殊な人間では無い。

むしろ何処にでも居る普通の人間である。

日本人は、何か事あるごとに、それは「有るべきでない事」だから、自分達は立派な民族で、そんな悪い奴は「日本人としてイレギラー(特殊)である」と言い続け、その「建前の精神世界」を持たない国は「おかしな国だ」と主張し続けている。

所が、外国が外から見ると、その日本や日本人の現状に「建前」と乖離(かいり・かけ離れている)している行動の事実が日常的にあるから、公式発言はとても信じられないのである。

そして、その文化を「独自文化だから理解しろ」と言うのは、日本人の傲慢(ごうまん)である。

まぁ、何処の民族、何処の国家も独善的ではあるから、互いにそれを言い立てても永久に話はかみ合わない。

もし日本と言う我が国が、大人の民族・大人の国家なら、まずは己(おのれ)から改めるべきではないだろうか?

それとも今まで通り「正しい事を言っていて何が悪い」と、妖しげな建前を振りかざし続ける民族・国家なのだろうか?

詳しくは【建前民族国家・日本のまやかしを参照。

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by mmcjiyodan | 2008-04-28 07:02 | Comments(0)  

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