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三条実美(さんじょうさねとみ)

三条実美(さんじょうさねとみ)は、幕末から明治新政府にかけて活躍した公家である。

三条家は、太政大臣まで昇任できる藤原北家閑院流の嫡流・五摂家の名門である。

その家に生まれた三条実美(さんじょうさねとみ)は、尊攘派の公家として活動する一面、極めて公家風の雰囲気を持つ温和な人物であった。

しかし、そこは永く殿上人として朝廷を守って来た公家で、強(したた)かさも兼ね備える尊攘派だった。

そこに八月十八日の政変(七卿落ち)が起こり、七卿落ち公家の筆頭として長州藩士・久坂玄瑞(くさかげんずい)の案内で長州に下り、南朝の系図を持つ者に引き合わされて容易ならない陰謀に加担する事になる。

三条実美は、明治政府成立後にはその温和な性格から、千八百六十九年(明治二年)には右大臣、千八百七十一年(同四年)に太政大臣、内大臣として生涯、政権の中枢にあり続け、個性派が多い政府内の対立を調停する役割も果たした。

しかしそこは尊攘派公家、相応に「したたか」であった事には変わりは無い。

実美(さねとみ)は、押し寄せる欧米勢力の植民地化を阻止する為に長州・毛利藩討幕派(吉田松陰派)の陰謀に乗って、明治維新にこぎつける重要な役目を果たしている。

母は土佐藩山内家の出である。

土佐藩が倒幕四藩連合の一郭で在り得たには、三条 実美(さんじょう さねとみ)の血縁もその要素だったのではないだろうか?

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by mmcjiyodan | 2008-04-29 09:02  

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