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斉藤利三(さいとうとしぞう/さいとうとしみつ)

美濃の国の名家・土岐家(源氏流)・の支流・明智家の出自である明智光秀の側近(腹違いの兄弟とも従兄弟とも言われている)に、「斉藤利三(さいとうとしぞう/さいとうとしみつ)」と言う者がいた。

元々の斉藤家は美濃国守護・土岐家(源氏流)の守護代家にあたる。

この斉藤利三、明智所縁の「斉藤」と名乗るからには、油売りから身を起こした斉藤道三入道に名跡を乗っ取られた美濃国守護代家の斉藤家の枝が、主家である土岐家の枝、明智家と婚姻関係にあって存続していたのではないだろうか?

斉藤利三(さいとうとしみつ)は、斉藤惣領家・斎藤利永(さいとうとしなが)の弟・長井利安(ながいとしやす)の息子・斎藤利賢(さいとうとしかた)の次男だった。

斎藤利三(さいとうとしぞう/としみつ)は、美濃国守護土岐氏に仕えてその守護代を勤めた美濃斉藤氏の流れで、土岐氏流れの明智氏とは代々濃い縁戚関係に在った。

斎藤利三が生まれた頃は、美濃国守護代・斉藤家はその名跡を斎藤道三に乗っ取られ、利三は道三の嫡子・斎藤義龍に使えていたが、西美濃三人衆の一人・稲葉一鉄が尾張・織田氏の織田信長(おだのぶなが)の下へ寝返ったのを期に稲葉一鉄に従って織田家の陪臣となる。

その後利三は稲葉一鉄と袂を分かち、同じ織田家の臣となっていた六歳年上の従兄弟・明智光秀に臣従して家老的な立場となる。

この利三(としぞう・としみつ)の娘に「お福」と言う名の者がいた。
利三が光秀の腹違いの兄弟なら、「お福」は光秀の姪に当たる。

そう、光秀が信長の命をうけて徳川家康に献上したあの「お福」である。

春日局(お福)】に続く。

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by mmcjiyodan | 2008-04-29 09:42 | Comments(0)  

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