陰陽師=国家諜報機関説

陰陽師(修験山伏)に国家諜報機関の疑いが・・陰陽道の起源と歴史への関わり・・・

大和朝廷の幕開けの頃、「恐怖の支配」を実践したのは、初期修験道師達である。

初期修験道師は、果たして民間の自然発生的なものだったのか?

修験道の祖「役小角(えんのおづぬ・賀茂小角)」が創設した陰陽修験は、賀茂葛城家に伝わる「呪詛信仰(事代主神/ことしろぬしのかみ)」の呪術、占術、元々列島に存在した八百万(やおよろず)の「原始自然信仰」と、渡来して来た中世の「妙見信仰・北辰信仰」や「道教」を習い合わせて誕生し、その後の仏教などの渡来宗教にも影響を受けて行くのだが、どう考えても自然発生的に陰陽修験が成立したとは思えないのである。

疑うべき最大の疑問は資金と組織力で、表向きの個人的な宗教への情熱などが理由では、余りにも話が綺麗過ぎる。

つまり、行動範囲と人数の規模が、不自然に大掛かりに過ぎるのだ。

それに修験者のあのお馴染の「行者服(ぎょうじゃふく)」の出(い)で立ち、中々凝っていて高価そうである。

山中でも一目で識別が可能なしろものであるが、活動費や行者服の資金はいったい何処から出ていたのか?

あれは常識的に考えて「軍事組織か警察組織の制服にしか見えない」が、如何か?


昔は武人の装備を「出(い)で立ち」と言った。

これには、機能性以外に相手を威圧したり心服させる為のアピール効果の目的が込められている。

いずれにしても、残念ながら人間の見かけなどそう差が有る訳ではないから、衣装や住居など現代にも通じる「こけおどし」が無ければ相手には中々認めては貰えない。

修験者の「行者服」の出(い)で立ちの裏に、「表沙汰にし難い理由」があり、宗教(信仰)でカモフラージュして民間の体裁を整えた「公的な秘密組織ではないか」と、我輩は疑ってみた。

元々衣装や装飾は、身分を現す為の言わば「分別標識」である。

童話ではないが、王子と乞食が衣装や装飾を取り替えれば、だれも乞食が「本物の王子だ」とは気が付かない。

わが国でも「馬子にも衣装」と言う諺(ことわざ)がある。

裏返すと、元々大差がないものをそれらしく見せる為に衣装や装飾は存在し、時代に拠っては身分の違うものに、その衣装や装飾の使用は制限されていた。

そして、「役小角(えんのおづぬ)」の修験道師育成には影の目的が存在した。

占領支配された先住民(蝦夷)も、征服者達に隷属・同化した者ばかりではない。

大半は戦闘を繰り返しながら、東に、そして東北へと住居を移して生き残りを図ったが、中には取り残された者達も居る。

当然見つかり難い処に身を隠し、ゲリラで長期に抗戦した集団も各地にいた。

古事記日本書紀、各地の風土記に登場した土蜘蛛(つちぐも)族達は、こうした先住民(蝦夷)の抵抗の事で、支配者も枕を高くして眠れない。

しかし掃討し尽したのか、帰順させ尽したのか、やがてそれらの抵抗は衰えて行く。

その過程については、何しろ侵略部族側が侵略に正当性を持たせる為に、最初から彼らを蛮族(野蛮人)扱いで、人間扱いしていなかったから、その経緯(いきさつ)の記録は、まったく定かで無い。

このリアルな事案を解決したのは、いったい誰だろう。

断って置くが、この話は、平安中期に「陰陽寮」が朝廷に設立されるズーット以前を前提としての事での疑問である。

大部隊なら征夷将軍、鎮守府将軍などの出番だろう。

だが、小規模の相手に対して、どんな対策がなされたのか?

源頼光と酒呑童子の物語は有名だが、現実に、小勢力のゲリラを掃討したのは、正規の追捕使(ついほし)や検非違使(けびいし)等だったのだろうか?

山深く移動し、戦闘、説得帰順の為の宗教的知識まで持った古代のレンジャー部隊が山伏(修験道師)の影の役わりで、つまり修験道師は帝の「工作機関・秘密警察」ではなかったのか?

地方により違うが代表的な所で、ゲリラ蝦夷の呼び名は鵺(ぬえ)、土蜘蛛(つちぐも)、鬼(おに)、・・・この本拠の一つはどうした訳か、大和の葛城山・大江山などの山々である。

つまり、修験道の「行動守備範囲」と重なっているのである。

この役小角(えんのおずぬ)と修験道組織の出現、実は大和朝廷の「途方も無い政変」と大きな関わりがあるのだが、その話は追々する事に成る。

そもそも大和朝廷によって、日本列島の西日本統一が実現された時、征服(侵略)部族の王達が神格化された。

王達が神格化された事もあって、「神の威光で統治する」と言う呪術的発想の「統治理念」から、武力を統治の裏付けとする事は建前上矛盾する。

矛盾を解消する為に、「軍事力ないし警察力の行使」と言う汚れた仕事は、国家の制度の内に「公式のものとしての存在を認めない」と言う世界でも類の少ない建前の「特異な制度」が採用された。

この建前の「特異な制度」、「神の威光で統治する」が採用されたのは、当時バラバラだった部族を平和的に一つにまとめるには、「精神的な支柱(神の導き)」が必要だったからである。

追々「お判りいただける」と思うが、日本の歴史は全てこの「神の威光で統治する」から始まって血統は統治の為の拠り所と成り、思想や宗教は統治の為、或いは統治を覆(くつがえ)す為の道具に成った。

この建前の「特異な制度」、「神の威光で統治する」では、結果的に地方における警察力欠如の環境が成立してしまう。

しかし先住民の山岳ゲリラは続いていた。
進入部族の神など、彼ら先住民には知った事ではないのだ。

それに、征服部族同士の対立も散発的に起こっていた。

その事が、地方(所謂、地域としての国)ごとの統治者の「私兵制度」が成立・維持される要件になったのである。

そこで中央では、最先端の科学力と信仰理論を修めた人材を結集して秘密警察の修験道師組織が内々(本音の部分)で編成される。

列島に渡来した道教が、日本オリジナルの陰陽道に変形して行った背景には、事代主を祭る賀茂氏(葛城氏)の影響である。

つまり「お上(氏神)には間違いが無い」と言う神話を作る為に、性善説に立った建前を民衆に植え付けたのだ。

現代でもその神話的前提が未だに生きていて、馬鹿気た話だが、民間なら当然責任を取らされる事例と同様な事でも、現在の官僚の扱いに責任追及の仕組みがない。

言い分としては、「お上に失敗や悪事は無い」が前提で有るから、「責任追及の仕組みは必要が無い」と言う真に都合の良い解釈に基づいているのである。

そして、修験道の祖「役小角(えんのおづぬ・賀茂小角)」が創設した陰陽修験は、情報収集の為の「大規模ネットワークを持っていた」と言われて居る。

当時の国家規模の事業であるから、その莫大な資金源が朝廷から出ていなければ説明が着かない。

しかし初期の修験道師組織には、正式な朝廷の関与は見当たらない。

まぁ、精神論的「善意を前提」とした日本の政治手法の、良い加減な「建前と本音の二重構造」は、この時からの伝統かも知れない。

陰陽修験組織は当時なりの、今で言う「メディア戦略と情報操作」の為の機関だった。


予め申し添えるが、この時点での役小角(えんのおずぬ)に拠る陰陽修験組織は、八世紀(平安初期)の始めに設置された「陰陽寮」よりも百三十年以上前の天武天皇の御世の話で、混同して解釈してもらいたくは無い。

大海人皇子(おおあまのみこ・天武天皇)には「革命」に成功し、皇統の系図を書き換えて、天智天皇の弟に納まり「第四十代天皇を継いだ」と言う「大疑惑」がある。

その疑惑の天武天皇(大海人皇子/おおあまのみこ)の即位に合わせて古事記・日本書紀の編纂が始まり、陰陽修験組織が成立している事は偶然だろうか?

古事記・日本書紀の編纂開始時期と役小角(えんのおずぬ)の陰陽修験組織の成立時期が一致しているところから、修験組織は全国津々浦々の集落に出向き、政治的意図を含んだ古事記・日本書紀の内容を民話や伝説として語り広げる「政府の広報活動も担っていた。」と考えられる。

いずれこの物語の中に登場する人身御供伝説なども、古事記・日本書紀の内容に符合したり、それをアレンジされたものと解釈できるのである。

まぁ、乱暴な言い方をすれば、天武天皇(大海人皇子/おおあまのみこ)以前の歴史を大幅に塗り替えて隠蔽し、壮大な創作歴史ドラマを作り上げた事になる。

その大海人皇子(おおあまのみこ・天武天皇)が始めた壮大な隠蔽創作ドラマを、偉大なる侵略大王・桓武天皇(第五十代)が受け継いで古事記・日本書紀の編纂の完成を急がせ、「陰陽寮」を設置、皇統の正統性を確立する為に力を入れた。

いずれにしても、「古事記・日本書紀編纂」の目的は皇統の神格化であるから、その目的の為に実史にアレンジを加えて成立させた物語である。

この皇統の権威が「現代にまで残るその要素の多くが、育ち始めた時代」と言って良い。

古代日本の統治制度「律令制」下に於いて、大和朝廷に「陰陽寮」は成立した。
しかしそのズーッと以前、朝廷の密命を帯びた陰陽修験組織が、山里に分け入ってある密命を遂行していたのである。

「陰陽寮」の存在、そして隠された真実、謎の使命【大王(おおきみ・天皇)の密命】とは何なのか?

古事記日本書紀に於けるエロチックな神話から人身御供伝説まで、桓武帝修験道師を使ってまで仕掛け、「性におおらかな庶民意識」を創り上げた背景の理由は簡単な事で、為政者にとって見れば搾取する相手は多いほど良いのである。

行者服(ぎょうじゃふく)・装束と持ち物】に飛ぶ。

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by mmcjiyodan | 2008-04-29 21:39 | Comments(0)  

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