勘解由使(かげゆし)

役(賀茂)小角(えんのかもおずぬ)陰陽組織を編成した時点では、陰陽修験はまだ葛城朝の私兵的組織だった。

そしてもっぱら「山岳ゲリラの鎮圧と恭順」、帝の「ある密命(大王の密命)の履行」などの非公式な活動に終始していた。

しかし、正式に陰陽寮が設立されると、正規(公)の職務も割り当てられる。

律令に基づく八つの省からなる中央官庁のうち 天皇と直結する行政の中枢である「中務省」に、陰陽寮は設置された。

陰陽寮の担う役割は多岐にわたり、天文気象学や暦学の発表(気象庁など)、呪詛・占術や信仰の管理監督(今で言う神社庁や一部公安警察)と言った表向きの仕事の傍(かたわ)ら、天皇の意志を具現化する役目も負っていた。

陰陽寮の表の公務は、信仰や占術、呪術の統一と運用をもって統治に活用する機関であった。

しかし、陰陽寮の裏の顔の実体は、大王(おおきみ・天皇)直属の「秘密警察」兼「諜報工作組織」である
いくら建前の奇麗事を言っても、国家の本音に「諜報工作機関」を必要とするのは矛盾である。

これが多くの場合、信仰を利用する所に権力者の狡猾さを感じるのだ。

陰陽寮次官の「陰陽助」勘解由小路(かでのこうじ)の一部は、朝廷の表陰陽寮(おもておんみょうりょう)長官である「陰陽頭」土御門(つちみかど・安倍)の所管した正式業務とは違い、朝廷組織とは独立して大王(おおきみ)の私的意向を果たす役割を担う、裏陰陽寮(うらおんみょうりょう)機関、勘解由小路党である。

賀茂氏の血を継ぐ陰陽寮の陰陽助、勘解由小路家(かでのこうじけ)の由来は、勘解由使(かげゆし)と言う官職である。

坂上田村麻呂を使い、本当の意味で日本列島の大半を征服した大王、桓武天皇(第五十代)は、新王統の創始を強く意識し、積極的な政治・行政改革を展開した。

中でも帝の支配威を国内に周(あまねく)拡げる為に、弛緩しつつあった地方行政の再構築に取り組んだ為、その遂行手段として誕生したのが勘解由使(かげゆし)である。

陰陽寮の陰陽助が貴族に列した事から、勘解由(かでの)の名は官職名から公家の呼称となり、勘解由小路家(かでのこうじけ)と言う名跡になった。

桓武天皇(第五十代)の支配威強化を目指した支配体制再構築の行政改革は地方に及び、国司の交代事務引継ぎが難題と成って利権紛争が頻発した。

前任国司やその親族、家臣が在地領主化して定住した為に新任で赴任して来る者との間には、権限と既得権益の争いが発生する。

その結果、地方行政を監査・監督する勘解由使の職が新設される事となった。

律令制下で、国司の交代事務引継ぎが問題なく行われた証として、後任国司から前任国司へ交付されたものが解由状(げゆじょう)で、受領(ずりょう)による国司交替時の利権紛争を抑制する目的で、監査したのが勘解由使(かげゆし)だった。

つまり勘解由使(かげゆし)は、国司の不正を監視・摘発する為に設けられた令に規定のない令外の官(特別な役職)で、日本の平安期に於いて「地方行政」を監査監督する為に設置され、地方行政監査官を担当した。

その後、監査の対象は内官へと拡大した。


いずれにしても、明らかに勘解由は「監査官」と言う言わば摘発官であり工作員である。

さながら米国のFBIと言うより「CIA」と言う所か?

勘解由使(かげゆし)は、平安末期頃まで「監査機関としての統合任務を負った機能を担い続けた」と考えられている。

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by mmcjiyodan | 2008-06-02 21:58 | Comments(0)  

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