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霊犬伝説「しゅけん」

能登国(石川県)七尾の山王社(大地主神社)の猿神退治の人身御供伝説では、「しゅけん」と言う最も修験山伏(修験道師)を彷彿させる白い狼(犬神)が登場する。

昔ある村では、七尾の山王神社へ美しい娘一人を人身御供に差出すのが毎年の永く続く習わしであった。

或る年も、一本の白羽の矢が某家の屋根に立った。「娘を差出せ」とのお告げである。

白羽の矢が立った家では、七尾の山王神社へ毎年美しい娘一人を人身御供に差出ださねば、「村に災難が降り掛かる」と言うのだ。

この人身御供、親子の情においては忍びないが、当時の社会は「村落共同体(村落共生主義)」で娘の貞操よりも地域の安全がより優先され、拒否すれば村八分物で親子共に生きては行けない。

永く続いた土地の習慣ではあり、避けられない人身御供だが、とても諦めきれない。

その家の主は嘆き悲しんだが、「何とかして娘を助ける事が出来ないものか」、と思案の挙句、或る夜我身の危険も帰り見ず、山王神社の社殿に忍び入って様子を探って見た。

すると、草木も眠る丑三つ(うしみつ・深夜)の頃、社殿の奥から何やら声が聞こえる。

「あれは何じゃ?」

白羽の矢が立った家の主は、気付かれない様に近付き、耳を澄ます。

すると、人身御供を要求している妖怪と思しき者がほの暗い社殿に寝転んで、「娘を喰う祭りの日が近づいたが、越後国(新潟県)のしゅけんは、よもやワシが能登の地に潜んでいる事は知るまい。」と呟いている。

「しめた。」と娘に矢を立てられた家の主は喜んだ。

どうやら妖怪は、「しゅけん」とやらが恐いらしい。

目に入れても痛く無いほどに可愛がり、手塩にかけて育てて来た大事な娘である。

娘を助ける為なら、どんな怪物にも縋(すが)りたい。

白羽の矢を射られた家の主は、娘を助けたい一心で、人身御供を要求している者が恐れている「しゅけん」とは、何者なのか、興味を抱いた。

妖怪と思しき者が恐れる「しゅけん」は、どうやら越後国(新潟県)に居るらしい。

娘の父は「しゅけん」を知る由もなかったが、妖怪が恐れるならば兎も角、「しゅけん」なる者の「助けを借りよう」と、藁をもすがる思いで越後へ出かけた。

「しゅけん様は何処においでかね?」

越後国(新潟県)に出かけた娘の父は、「しゅけん」の所在を八方尋(はっぽうたずね)歩き、ようやく会う事ができた。

それは全身真白な毛で覆われた「狼」であったが、娘の父は怖さも忘れて必死で窮状を訴えた。

悲嘆にくれながらも遠路探しに来た父親の、娘を思う心情はしゅけんにも充分に伝わった。

娘の父が事情を話し、助けを求めるのに対し「しゅけん」は深くうなずき「ずい分以前に、他国から越後へ三匹の猿神が渡って来て人々に害を与えたので、そのうち二匹まで咬殺してやった。」と娘の父に告げた。

「しゅけん様ならその猿神を退治出来るかね?」

「あぁ、最後の一匹には逃げられてしまったが、能登の地に隠れておろうとは夢にも知らなかった。それでは、これから行って退治してやろう。」と、「しゅけん」は応えてくれた。

娘の父は「しゅけん」の言葉に安堵したが、ふと気が付くともう時間が無い。

「有難うございます。ただ、もう娘を人身御供に差出す刻限が迫っています。」

「それでは、能登国(石川県)七尾へ直ぐに出かけようぞ。」と、「しゅけん」は娘の父親に「背中に乗れ」と言った。

娘の父親が「しゅけん」の背中に乗ると、「しゅけん」はフワリと浮き上がり、海に向かうと海上を恐ろしい速さで翔け始めた。

「しゅけん」は娘の父親を伴い、波の上を飛鳥のように翔けて、明くる日の夕方には七尾へ着いた。

「わしを、娘の身代わりに供えよ。」

祭りの日、「しゅけん」は娘の身代わりに唐櫃(からびつ)に潜み、夜に成ってから神前に供えられた。

その夜は、暴風雨の夜であったが、妖怪としゅけんの争いは、雨風の音までかき消すように音が物凄く、社殿も砕けてしまう程の激しさであった。

翌朝、町の人々は連れ立ってこわごわ社殿へ見に行くと、朱に染まって一匹の大猿が打倒れ妖怪の正体を知った。

「こりゃあたまげた。化け物は大猿じゃったか。」

「しゅけん様のおかげで、毎年の人身御供も免れる。ありがたい事じゃ。」

村人は「しゅけん」の猿神退治に喜んだ。

しかし、「狼」の「しゅけん」もまた、冷たい骸(むくろ)となって横たわっていた。

町の人々は、「しゅけん」を厚く葬り、後難を恐れて、人身御供の形代(かたしろ)に三匹の猿に因み、三台の山車を山王社に奉納する事になった。

この「しゅけん」の物語、実は渡来した物語を応用している疑いが強い。

中国の民話に、「カクエン」と言う「獲猿」とか「攫援」と書く猿の妖怪が居る。

それぞれ「(獲物を)獲る猿」、「援を攫(さら)う」の意味だ。援は媛に通じ、要するに女性の事で、総合すると「女性を攫(さら)う猿の妖怪」と言った処である。

この妖怪、中国では子孫を残す為に人間の女を攫(さら)い、「自分の子供を孕ませる」と伝えられている。

一連の霊犬伝説に登場する怪猿が、人身御供に娘を要求したくだりを連想させる。つまり、人身御供伝説の原典が中国にあり、それを、学んだ修験山伏が、何らかの目的で「利用した」とするのが無理の無い解釈だろう。

それにしてもこの民話のヒーロー、白毛の狼「しゅけん」とは見え見え過ぎる。

修験と「しゅけん」では濁点が足りないだけではないか?

この話と良く似た伝説に、遠江国(静岡県)見附宿の霊犬伝説「霊犬伝説「しっぺい太郎(悉平太郎)」」や北近畿(丹波・丹後・但馬)地方の霊犬伝説「霊犬伝説「鎮平犬」」がある。

詳しくは【天狗修験道と犬神・人身御供伝説】に飛ぶ。

日本の伝説リスト】に転載文章です。

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by mmcjiyodan | 2008-08-15 18:02  

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