物部氏(もののべし)

物部氏(もののべし)は古代の大豪族である。

武士を「もののふ」と呼ぶ語源が、もののぶ=物部(もののべ)で、物部(もののべ)の「物」は武器を指し示すものである。

つまり物部氏(もののべし)は、大和朝廷(ヤマト王権)に於いて武器を扱い管理する部民だった。

武器を扱う氏族として物部氏が、大和朝廷でその地位を固めた理由であるが、物部氏は当時最先端の青銅鋳造技術をもつ鍛冶氏族であった事からである。

ニギハヤヒミコト(饒速日命/邇藝速日命)を祖先と伝えられる氏族で、元々は兵器の管理を主に行なっていたが自然と大伴氏とならぶ武器を扱う「軍事氏族へと成長して行った」とされている。

言わば物部(もののべ)氏は武門を売り物にする古代の有力豪族(部族王・臣王・国主)で、連(むらじ)の姓(かばね)、八色の姓の改革の時に朝臣姓(あそみ/あそんせい)を賜っている。

実は物部氏には、「武器を取り扱う軍事氏族の顔」とは別に信仰の顔がある。

それを物部神道(もののべしんとう)と呼び、後の熊野三山(熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社)の統轄にあたる神道系氏族・白藤鈴木氏へと発展して行く。

物部氏は、青銅鋳造術を持って銅鐸祭祀(物部神道)をする「新羅系の渡来人であった」とされ、仏教とは相容れない立場にあった事が、後に伝来した仏教を取り入れて勢力を伸ばそうとする蘇我氏(そがし)との軋轢を生んだのではないか」と言われている。

鈴木氏の前身・穂積氏(ほずみし)は、神武大王(じんむおおきみ/天皇)が紀伊半島上陸の際に、稲穂で前を払いながら畿内侵攻を助けた古事に依り「穂積(ほずみ)の姓を名乗った」とされる。

古事記日本書紀に拠ると、物部(もののべ)氏は河内国の哮峰(タケルガミネもしくはイカルガミネ/現・大阪府交野市)に、天皇家よりも前に天孫降臨したとされる。

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by mmcjiyodan | 2008-09-06 18:46 | Comments(0)  

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