細川晴元(ほそかわはるもと)と三好長慶(みよしながよし/ちょうけい)その(二)

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主君・細川晴元(ほそかわはるもと)に堺で殺害された三好元長には、当時十歳の嫡男・三好長慶(みよしながよし/ちょうけい)が居たのだが、晴元はこの長慶(ながよし/ちょうけい)に三好氏の継承を許し、引き続き家臣として手元に置いている。

その後細川晴元は、堺に擁立した室町幕府将軍・足利義維(あしかがよしつな・堺公方)とも不和となって将軍職を追放し、細川高国らと落ち延びていた十二代将軍・足利義晴と和睦し、この頃から実質幕政を支配する管領職の第一人者として本格的に細川政権を軌道に乗せた。

しかし内乱状態は収まらず、晴元はまるでもぐら叩きの様に「味方に付けては勢力が伸びて来ると潰す」と言う手法で勢力バランスを取りながら権力を維持する芸当を見せる。

そしてこの頃に、美濃国で明智光秀(あけちみつひで)(千五百二十八年)、尾張国で織田信長(おだのぶなが)(千五百三十四年)と豊臣秀吉(とよとみひでよし)(千五百三十七年)、三河国で徳川家康(とくがわいえやす)(千五百四十三年)など戦国期の主役達が続々と誕生していた。

細川晴元に将軍(堺公方)職を追放された足利義維(あしかがよしつな)は一向宗と対立した状態が続き、一向宗は堺公方を襲撃するなどしたが、一向一揆が大和国に侵入するに及んでも対立宗派の法華宗と協力して法華一揆を誘発させ、領内で一向宗の活動に苦慮していた近江の六角氏(ろっかくうじ)とも協力して山科本願寺門跡八世の顕如(れんにょ)を攻め、一向宗の本拠地山科本願寺を焼き討ちにした。

すると今度は法華衆が京都で勢力を伸ばした為に、晴元は千五百三十六年(天文五年)「天文法華の乱」と呼ぶ軍事行動を比叡山延暦寺(天台宗)僧兵や佐々木氏(近江源氏)嫡流の近江国守護職・六角氏(ろっかくうじ)と連合して法華衆勢力を壊滅させる。

その後も細川晴元は管領職として七年ほど勢力を振るったが、千五百四十三年(天文十二年)になると、細川高国の養子・細川氏綱が晴元打倒を掲げて挙兵し、その氏綱に畠山政国や遊佐長教が呼応、三年後には前将軍・足利義晴が実子・義輝に将軍職を譲った期を持って細川氏綱を支持し、細川晴元と敵対を始める。

この頃、あの三好長慶(みよしながよし/ちょうけい)は長じて智勇兼備の武将に成長し、細川氏の家臣として木沢長政討伐をはじめ、細川氏綱や遊佐長教らとの戦いで多くの武功を発揮し、河内など畿内十七ヶ所の代官職を与えられた晴元配下の最有力重臣にまで成長していた。

細川晴元は、敵対する前将軍・足利義晴らを近江国坂本へ追放し細川氏綱らと戦い続けるのだが、臣従していた最有力重臣の三好元長の長男・三好長慶(みよしながよし/ちょうけい)が一族の内紛で三好政長の討伐を要請して晴元に断られたので、長慶(ながよし/ちょうけい)が遊佐長教と和睦してその娘を正室に迎え、氏綱側に寝返ってしまう。

千五百四十九年(天文十八年)、細川晴元は寝返った三好長慶(みよしながよし/ちょうけい)らと摂津国江口で交戦するも敗北を喫し、三好政長・高畠甚九郎ら多くの配下を失った晴元は、将軍・義輝や義晴と共に近江へ逃れ、将軍・足利義輝を擁し、香西元成や三好政勝などの晴元党の残党や六角氏・六角義賢や畠山高政など畿内の反三好勢力の支持を受け三好長慶と争うが敗北し続け、将軍も管領も政権の体を為さない時代が続く。

細川晴元は、千五百六十一年(永禄四年)に六角義賢の仲介を受けて長慶と和睦、剃髪し摂津富田の普門寺に隠棲するも二年後に死去している。

ここに細川政元以来の管領職・細川政権は崩壊し、実質三好長慶(みよしながよし/ちょうけい)に拠る将軍不在・畿内周辺だけの三好政権が成立したのである。

そして四十歳の三好長慶(みよしながよし/ちょうけい)が畿内周辺に君臨する頃には、既に十二歳年下の織田信長の勢力が着々と京に迫っていたのである。

三好三人衆(みよしさんにんしゅう)】に続く。
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by mmcjiyodan | 2008-11-10 04:42 | Comments(0)  

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