<   2014年 04月 ( 3 )   > この月の画像一覧

 

葦原中国 (あしはらなかつくに)

葦原中国(あしはらのなかつくに)とは、日本神話に於いて、「天津神(あまつかみ/天上の神)が住む高天原(たかまがはら)」と「死者の世界・黄泉の国(よみのくに)」の間にあるとされる現世の世界、即(すなわ)ち日本列島の事である。

葦原中国(あしはらのなかつくに)は、「とよあしはらのなかつくに」とも呼ばれ、単に中国(なかくに)、もしくは中津国(中つ国)とも言う。

日本書紀には、「永遠に穀物が豊かに実る国」と言う意味の豊葦原千五百秋瑞穂國(とよあしはらの・ちいおあきの・みずほのくに)と言う記載がある。

この記載は、神々の住む天上世界である高天原(たかまがはら)と対比して、人間の住む日本の国土を指すと考えられる。

日本神話によれば、スサノオ(須佐之男・須佐王・・/・・呉族・ごぞく/海洋民族)の粗暴に心を痛めた姉の天照大神(あまてらすおおみかみ・・/・・加羅族・からぞく/農耕山岳民族)は天岩戸(あまのいわと)に隠れ、世界は闇と成りてしまい世の中が混乱してしまった。

このため、八百万(やおよろず)の神々は協議の結果、スサノオ(須佐之男・須佐王)に千位置戸(ちくらのおきと)を課して「財物、または拷問道具」を納めさせ、鬚を切り、手足の爪を抜いて高天原から追放し、葦原中国(あしはらのなかつくに)に放逐した。

このスサノオ(須佐之男・須佐王)放逐の出来事を、「古事記」では神逐(かんやらい)、「日本書紀」では逐降(かんやらひやらひ)と称した。

日本書紀に於いて、スサノオ(須佐之男・須佐王)の息子である大国主(オホナムチ・おおくにぬし)が国作りに着手、折りしも海路渡来した同じ呉族(ごぞく/海洋民族)のスクナビコナ(少名毘古那)と協力して天下を経営する。

大国主(オホナムチ・おおくにぬし)は、禁厭(まじない)、医薬などの道を教え、葦原中国(あしはらのなかつくに)の国作りを完成させる。

大国主(オホナムチ・おおくにぬし)は後に、国土を天孫・ニニギ(瓊々杵)に譲って杵築(きづき)の地に隠退、後に出雲大社の祭神となっている。

◆神話で無い、リアルな初期日本人の成り立ちについては、【日本人の祖先は何処から来たのか?】を参照下さい。

第一巻】に飛ぶ。
皇統と鵺の影人

【このブログの一覧リンク検索リスト】=>【日本史検索データ

にほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へ<=このブログのランキング順位確認できます。クリック願います(ランキング参戦中)

★未来狂 冗談の公式WEBサイト(こうしきうぇぶさいと)


未来狂冗談のもうひとつの政治評論ブログ「あー頭にくるにほんブログ村 政治ブログ 政治評論へ<=このブログのランキング順位確認できます。

[PR]

by mmcjiyodan | 2014-04-22 15:30 | Comments(0)  

海神・豊玉彦(とよたまひこ・ワタツミ/綿津見)

山幸彦・海幸彦(やまさちひこ・うみさちひこ)浦島・竜宮伝説に関わって行くについては、海神・大綿津見神(おおわたつみのかみ)とその娘・豊玉姫(豊玉毘売命・とよたまひめ)の登場がある。

ワタツミ(綿津見)に関しては、「渡海(ワタツミ)」または「渡津海(ワタツミ)」と表記する海神であれば、海洋民族の神で違和感は無い。


山の猟が得意な山幸彦(弟)と、海の漁が得意な海幸彦(兄)が、ある日猟具を交換し、山幸彦(弟)は魚釣りに出掛けたが、兄に借りた釣針を失くしてしまう。

困り果てていた所、塩椎神(しおつちのかみ)に教えられ、小舟に乗り「綿津見神宮(わたつみのかみのみや)又は綿津見の宮(海神の宮殿の意味)」に赴く。

海神・大綿津見神(おおわたつみのかみ)に歓迎され、娘・豊玉姫(豊玉毘売命・とよたまひめ)と結婚し、綿津見神宮で楽しく暮らすうちに三年もの月日が経っていた。

山幸彦は地上へ帰らねばならず、豊玉姫に失くした釣針と、霊力のある玉「潮盈珠(しおみつたま)」と「潮乾珠(しおふるたま)」を貰う。

山幸彦(弟)は、豊玉姫に貰ったその玉を使って海幸彦(兄)に忠誠を誓わせた。

このあたりの記述「玉を使って海幸彦(兄)に忠誠を誓わせた」は、天岩戸伝説に通じるところがある。

天岩戸伝説では加羅族(からぞく/農耕山岳民族)王・天照大神(あまてらすおおみかみ)が宴の後に誓約(うけい)の義に依り呉族(ごぞく/海洋民族)王・スサノウを弟としている。


この山幸彦(弟)の恋人・豊玉姫の父である海神・大綿津見神(おおわたつみのかみ)別称が、海神・豊玉彦(とよたまひこ)である。

豊玉彦(とよたまひこ)とは海の神の事で、転じて海・海原そのものを指す場合もある。

海神の事を、「古事記」は綿津見神(わたつみのかみ)、綿津見大神(おおわたつみのかみ)などと表記している。

その海神の事を、「日本書紀」では、少童命(わたつみのみこと)、海神(わたつみ、わたのかみ)、海神豊玉彦(わたつみとよたまひこ)などの表記をされる。

また、神社に於ける神道では志賀神(しかのかみ)とも書かれる。

日本神話で最初に登場するワタツミの神は、オオワタツミ(大綿津見神・大海神)である。

神産みの段で伊弉諾尊 (伊邪那岐命・いざなぎ)・伊弉冉尊 (伊邪那美命・いざなみ)二神の間に生まれた。

オオワタツミ(大綿津見神・大海神)は、神名から海の主宰神と考えられている。

「記紀(古事記・日本書紀)」に於いては、イザナギ(伊弉諾尊)は素戔嗚尊(須佐之男命・須佐王命)に海を治めるよう命じている。


イザナギ(伊弉諾尊)が黄泉(ヨミ/死後の世界)から帰って禊(みそぎ)をした。

その時に、ソコツワタツミ(底津綿津見神)、ナカツワタツミ(中津綿津見神)、ウワツワタツミ(上津綿津見神)の三神が生まれ、この三神を総称して綿津見神と呼んでいる。

この三神はオオワタツミ(大綿津見神・大海神)とは別神である。

この時、ソコツツノオノミコト(底筒男命)、ナカツツノオノミコト(中筒男命)、ウワツツノオノミコト(表筒男命)の住吉三神(住吉大神)も一緒に生まれている。

また、綿津見神の子のウツシヒカナサク(宇都志日金析命)が阿曇連(あずみのむらじ/阿曇氏)の祖神であると記している。

詳しくは、小論【山幸彦・海幸彦(やまさちひこ・うみさちひこ)と浦島・竜宮伝説】を参照下さい。

日本の伝説リスト】に転載文章です。

◆神話で無い、リアルな初期日本人の成り立ちについては、【日本人の祖先は何処から来たのか?】を参照下さい。

関連記事
浦島・竜宮伝説(うらしま・りゅうぐうでんせつ)】に飛ぶ。

詳しくは、小論【大和民族(ヤマト民族/日本人)の成立過程】を参照下さい。

詳しくは、小論【天照大神・天の岩戸伝説は只の神話か?】を参照下さい。

第一巻】に飛ぶ。
皇統と鵺の影人

【このブログの一覧リンク検索リスト】=>【日本史検索データ

にほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へ<=このブログのランキング順位確認できます。クリック願います(ランキング参戦中)

★未来狂 冗談の公式WEBサイト(こうしきうぇぶさいと)


未来狂冗談のもうひとつの政治評論ブログ「あー頭にくるにほんブログ村 政治ブログ 政治評論へ<=このブログのランキング順位確認できます。

[PR]

by mmcjiyodan | 2014-04-12 14:21 | Comments(0)  

浦島・竜宮伝説(うらしま・りゅうぐうでんせつ)

浦島太郎(うらしまたろう)の物語は、日本各地にある龍宮伝説の一つであり、日本の伽話(おとぎばなし)の一つでもあるその主人公の名前が浦島太郎(うらしまたろう)である。

また、竜宮伝説(りゅうぐうでんせつ)は、海幸彦・山幸彦伝説(うみさちひこ・やまさちひこでんせつ)と深い関わりが在ると定説化されている。

何故なら竜宮(りゅうぐう)は、地域や伝承によっては海幸彦・山幸彦伝説に於ける海の神・豊玉彦(ワタツミ/綿津見=海幸彦)や海の龍神の住む所といわれている。

なお、日本各所の昔話や伝説に浦島・竜宮伝説が登場し、この物語の伝承地は必ずしも海辺に限らない。


一番一般的な浦島・竜宮伝説の粗筋(あらすじ)として、漁師の浦島太郎は、子供達が亀を虐(いじめ)ている所に遭遇する。

浦島太郎が亀を助けると、亀は礼として太郎を竜宮城(蓬莱山/ほうらいさん=とこよのくに)に連れて行く。

竜宮=蓬莱山(とこよのくに)は、古代中国に於いて理想郷とされた感性上の聖域で、日本列島に伝承されたものである。

竜宮城(中文ではロンゴンチャーン)では、一説には東海竜王の娘:竜女とも解される「乙姫」が浦島太郎を歓待する。

これは注釈だが、古代中華帝国に於いて竜宮城の「竜」は皇帝の象徴で、その宮城は「皇帝の居城を意味する」との解釈も出来る。

実はこの竜宮=蓬莱山(とこよのくに)の伝承の根幹を為す内容と秦始皇帝(しんのしこうてい/チンシーホワンディ)が関わる「徐福(じょふく/スィフゥ)伝説」が、微妙にリンクしている。

秦始皇帝(しんのしこうてい)は不老不死を求めて方士を重用し、秦(はた)氏の祖とされる徐福(スィフゥ/じょふく)に対して「東方に在る」と言う蓬莱国(日本を指すと解される)へに向い「仙人を連れて来るように」と命じた。

徐福(スィフゥ/じょふく)は船団を率いて東方に航海を進め、豊かな四季に彩られた列島を発見、その列島の王となる野心を抱いて秦帝国への帰国を反故にする。

この列島の王となる野心については、一度秦帝国へ帰国後、徐福(スィフゥ/じょふく)は万全の用意を整えて再度渡航した説も存在する。

徐福に関する伝承は日本各地に残されているが、或いは日本各地を巡った末に、最終上陸地点が紀州熊野かも知れない。

であるなら、竜宮伝説が日本各地に残されていても納得が行く。

只、伊豆諸島・八丈島に上陸して後、名も無かった三宅島に一時本拠地を構えた事から島に宮家島=三宅島の名が残り、伊豆半島に上陸して「賀茂葛城王朝を建てた」とする説がある。

大王家(おおきみけ/大国主/天皇)に対して臣下の礼をとる地方豪族・臣王(おみおう)は初期に国主(くにぬし)または国造(くにのみやっこ)・県主(あがたぬし)とされる地方の「王」で、葛城氏(賀茂氏)も臣王(おみおう)だった。

この宮家島=三宅島が、竜宮伝説の多くの「竜宮の地」の中の一つに当たるのかも知れない。


竜宮城(蓬莱山)で乙姫に歓待された浦島太郎だったが、数日もすると里心が大きくなって帰宅願望が募って行く。

しばらくして浦島太郎が帰る意思を伝えると、乙姫は「決して開けてはならない」としつつ玉手箱を渡す。

浦島太郎が亀に連れられ故郷の浜に帰ると、故郷の村には太郎が知っている人は誰もいない。

孤独感の絶望のあまり浦島太郎が、乙姫から手渡され開ける事を禁じられていた玉手箱を開けると、中から煙が発生し、煙を浴びた太郎は老人の姿に変化する。

浦島太郎が竜宮城で過ごした日々は数日だったが、地上では随分長い年月が経っていた事になる。

これこそが、徐福(じょふく/スィフゥ)伝説の「不老不死」と竜宮城(蓬莱山)の伝承が結び付いた末の物語の結末である。

日本書紀」が完成した七百二十年(養老四年)頃までには、既にこの浦島の話が諸々の書に収録されていた。

「日本書紀」は、天武大王(てんむおおきみ/第四十代天皇)の皇子・舎人(とねり)親王を中心に奈良時代に成立した日本の歴史書である。

なお、老人と成った浦島太郎のその後については文献や地方によって諸説あり、定説と呼ぶべきものはない。

詳しくは、小論【山幸彦・海幸彦(やまさちひこ・うみさちひこ)と浦島・竜宮伝説】を参照下さい。

日本の伝説リスト】に転載文章です。

◆神話で無い、リアルな初期日本人の成り立ちについては、【日本人の祖先は何処から来たのか?】を参照下さい。

関連記事
詳しくは、小論【葛城ミステリーと伊豆の国=伊都国(いとこく)説】を参照下さい。

詳しくは、小論【大和民族(ヤマト民族/日本人)の成立過程】を参照下さい。

詳しくは、小論【天照大神・天の岩戸伝説は只の神話か?】を参照下さい。

第一巻】に飛ぶ。
皇統と鵺の影人

【このブログの一覧リンク検索リスト】=>【日本史検索データ

にほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へ<=このブログのランキング順位確認できます。クリック願います(ランキング参戦中)

★未来狂 冗談の公式WEBサイト(こうしきうぇぶさいと)

未来狂冗談のもうひとつの政治評論ブログ「あー頭にくるにほんブログ村 政治ブログ 政治評論へ<=このブログのランキング順位確認できます。

[PR]

by mmcjiyodan | 2014-04-10 08:40 | Comments(0)