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ABCD包囲網(エィビイシィディほういもう)

ABCD包囲網(エィビイシィディほういもう/ABCD encirclement)とは、事実上の対日経済制裁の日本側からの別称である。

千九百三十三年(昭和八)三月、日本はリットン報告書の採択に反対して、国際連盟(こくさいれんめい)を脱退する。

千九百三十年代後半、日本の国際連盟脱退(こくさいれんめいだったい)を契機として、アメリカ(America)、イギリス(Britain)、オランダ(Dutch)と、中華民国(China)の各国が経済制裁及び経済封鎖と言う強制外交手段を始める。

この四ヵ国の強制外交手段で危機に立たされた日本側は、ABCD包囲網(エィビイシィディほういもう)と呼んで反発する。

日本に対して行ったこの貿易制限の総体に、当時の日本の新聞が付けた名称がABCD包囲網(エィビイシィディほういもう)であるが、正確な初出については良く分かっていない。

ABCD包囲陣、ABCD経済包囲陣、ABCDラインとも呼ばれるこの対日政策が経済制裁か経済封鎖かについては研究者間でも一定していない。


よく、日本軍が先の大戦で太平洋や東南アジアに進行した事実を、「他国が仕掛けた事」として正当化しようと試みる連中がいる。

ABCD包囲網(エィビイシィディほういもう)で、日本が一方的に経済的窮地に立たされたから「やむおえなく開戦した」と、都合が良い解釈を主張するノー天気な歴史観を持つ者だ。

その彼らが、現代のロシアや中国の強引な領土拡大主義には「とんでもない悪行」と批判的で、日本政府は欧米の対抗処置に理解を示している。

だが、戦前引き起こした「満州事変」こそ当時の日本の領土拡大主義で、それを強制手段「ABCD包囲網」で抑制しようとした結果の、破れかぶれの対米開戦が真珠湾攻撃である。

つまり戦前日本の領土拡大主義と、現代のロシアや中国の領土拡大主義と「どこが違う」と言うのか?

簡単に言ってしまえば、日本の中国侵略行為に歯止めを掛けようと欧米が介入して包囲網を引かれたのに、「理不尽に包囲された」と言う一方的な言い分で国民を扇動し対米開戦をした。

欧米列強のアジア侵略意志も在る中での日本の中国侵攻で、「欧米諸国の策略にハメられた」とかの説を述べる輩もいる。

勿論、深く国際情勢を掘り下げれば、日本だけが悪い訳では無いかも知れない。

だが、侵攻先の相手国(中国)の了解を得ずして「大東亜共栄圏を形成する目的だった」と言っても言い訳で、説得も説明も着かない。

外国脅威論を国防論議に広げ、イキがって「威勢が良い軍事的な主張」を無責任に吐くのは簡単である。

しかし「その威勢が良い言動に責任が持てるか?」と言うと、その問いかけに応える方は殆ど無く、言わば自己陶酔的にイキがっているだけである。

敢(あ)えて言えば、稚拙に間違ったナショナリズム(民族主義)に陶酔して、民族同胞を危機に導くのが、このイキがりの落ちである。

理性(左脳域/計算)と感性(右脳域/感情)の考え方からすると、下関戦争(馬関戦争/ばかんせんそう)は、正に勝算を度外視した「尊皇攘夷論と言う右脳域の観念」のみで開戦してしまった長州勤皇派の愚行だった。

つまりイキがっているだけの感情で、勝算無き軍事行動を「やっちゃえ」と言う無責任な主張なのだ。

反戦を信念とする事は「人命の尊重」であり、先の大戦でユダヤ人の人命を救った外交官・杉原千畝(すぎはらちうね)の「まともな人間性」である。

この、世界から称賛される「杉原千畝(すぎはらちうね)の、まともな人間性」が無い方こそ、イキがったナショナリズム(民族主義)に陥(おちいれ)りかねない。

何故(なぜ)ならば、「自分達のナショナリズム(民族主義)に合わない人種は排斥(はいせき)されるべき」と主張するからである。

この論から言えば、「金儲けの為に武器を輸出する」発想など、「まともな人間性」の持ち主だとは思えない。

しかし安倍晋三氏の政権は、これとは正反対の「金儲けの為に、殺人の道具である武器を輸出する事」を合法化した。


ABCD包囲網(エィビイシィディほういもう)の誘発は、日本の国際連盟脱退が契機であり、脱退の引き金になったのは、日本軍の中国侵攻に対するリットン報告書が中国側の言い分を支持した事からである。

間違ったナショナリズム(民族主義)は、間違った歴史認識を創りだし、国際紛争の種に成る。

それは、歴史的日本領(歯舞諸島、 色丹島、択捉島、国後島の北方四島や尖閣諸島に竹島)を「自国領」と主張する近隣諸国の間違ったナショナリズム(民族主義)も同様である。

詳しくは、関連小論【太平洋戦争の遠因(張作霖爆殺事件・柳条湖事件の陰謀)】を参照下さい。


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by mmcjiyodan | 2015-12-10 23:31 | Comments(0)  

国家総動員法(こっかそうどういんほう)

国家総動員法(こっかそうどういんほう)は、日中戦争の拡大が発展し第二次世界大戦中に行われた軍事国家としての要(かなめ)となる網羅的動員統制法である。

千九百三十八年 (昭和十三年)に制定された国家総動員法(こっかそうどういんほう)は戦時法規で、四月一日公布、五月五日施行となる。


第二次世界大戦期の日本の総力戦体制の根幹となった戦時法規で、千九百三十八年(昭和十三年)に第一次近衛文麿内閣の下(もと)で制定された。

この法律は、戦時に際し「国防目的達成」の為にあらゆる「人的」及び「物的資源」を「統制運用スル」大幅な権限を政府に与えたもので、一種の白紙委任状にも等しい授権法である。

その各条は、戦争遂行(せんそうすいこう)のため労務・資金・物資・物価・企業・動力・運輸・貿易・言論など国民生活の全分野を統制する権限を政府に与えた授権法である。

日中戦争中に、同法に基づく勅令として、国民徴用令、国民職業能力申告令、価格等統制令、生活必需物資統制令、新聞紙等掲載制限令その他の統制法規がつくられる。

千九百四十一年(昭和十六年)三月、日中戦争が拡大すると国家総動員法(こっかそうどういんほう)は大幅な改正が行われて罰則なども強化された。

戦時国家総動員は、すなわち「戦時(戦争に準ずる事変を含む)に際し国防目的達成の為国の全力を最も有効に発揮せしむる様人的及物的資源を統制運用する」とされる広範な権限を政府に与えた。

千九百四十一年(昭和十六年)十二月、太平洋戦争に突入すると、その戦時法規の適用は拡大され、誰も異を唱えられない効力で国民生活を全面的に拘束した。

つまり、「戦争遂行(せんそうすいこう)の為が全てに優先する国家体制」が、この国家総動員法(こっかそうどういんほう)の大幅な改正に依って成立して非常に悲惨な戦争への道程を、国民は歩んでいた。

詳しくは、関連小論【太平洋戦争の遠因(張作霖爆殺事件・柳条湖事件の陰謀)】を参照下さい。


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by mmcjiyodan | 2015-12-09 19:13 | Comments(0)  

国際連盟脱退(こくさいれんめいだったい)

国際連盟脱退(こくさいれんめいだったい)とは、千九百三十三年(昭和八)三月二十七日、リットン報告書の採択に反対して、日本が正式に国際連盟脱退を通告した事を言う。

国際連盟創立以来の原加盟国、常任理事国として重きを占めてきた日本は、満州事変を契機にその地位が一転し、事件が中国によって連盟に提訴された。


当時の日本とっては「ソ連の南下脅威論」が主流であり、ソ連の南下を封じるには日本の防衛線を朝鮮半島から満州まで拡大するする事が急務と論じられていた。

つまり「ソ連の南下脅威論」を正当な理由に、軍事力を背景にして無理やり満州国の成立を図った。

しかし国際間常識では、満州国は日本の侵略行為にしか見えず、「ソ連の南下脅威論」は正当な理由にはならなかった。

結果、列国から、満州事変に関する日本の行動を問責非難される立場に立たされる。

きっかけとなったリットン調査団報告は、満州(当時)での日本の権益にも一定の理解を示したが、満州国を不承認とした事に日本は反発する。


千九百三十一年(昭和六)の満州事変に際し、国際連盟はリットン調査団を現地に派遣、その報告書は翌三十二年十月公表された。

内容は日本に対し妥協的なものであったが、日本の軍事行動を正当と認めず、また満州国が傀儡(かいらい)国家である事を事実上認めるものであった。

そのため日本側の強い反発を招き、国内でも陸軍や右翼を中心に連盟脱退論が興(おこ)り、財界の一部もこれに同調した。


同千九百三十二年十二月の連盟総会では日中両国の意見が激しく対立し、両国を除く十九人委員会に問題が付託された。

同委員会の報告書は、リットン報告書の採択と満州国不承認を盛り込んだものであり、千九百三十三年(昭和八)二月二十四日の連盟総会は四十四ヵ国中四十二ヵ国の賛成(日本反対、シャム棄権)でそれを採択した。

日本全権・松岡洋右(まつおかようすけ)はこれに抗議して直後に議場を退場、翌月、連盟脱退を通告する。

連盟脱退により日本は、孤立の道を歩む事になった。


この連盟脱退を解説するなら、当時の国際連盟加盟国の多くは、「満洲地域は中華民国の主権下にあるべき」とする中華民国の立場を支持して日本政府を非難した。

この事が、千九百三十三年(昭和八年)に日本が国際連盟から脱退する主要な原因となった。

千九百三十三年三月二十七日、国際連盟総会に於いてリットン調査書による報告に基づいて満州国に対する決議が行なわれる。

日本が設立した実質上の傀儡国であった満州国を、国際連盟は「満州国は地元住民の自発的な独立ではない」と結論づけた総会決議を行った。

その結果、総会決議は賛成四十二、反対一(日本)、棄権一(タイ=シャム)となり、二月二十四日、国際連盟は満州国を否認した。

この時の全権代表・松岡洋右(後の外相)は、「日本は、国際連盟総会の勧告を断じて受け入れる事は出来ない」と演説し、そのまま退席する。

千九百三十三年三月二十七日、日本は国際連盟を脱退を宣言し、以後孤立の道を深めて行く事になる。

千九百三十年代後半、日本の国際連盟脱退(こくさいれんめいだったい)を契機として、アメリカ(America)、イギリス(Britain)、オランダ(Dutch)と、中華民国(China)の各国が経済制裁及び経済封鎖と言う強制外交手段を始める。

この四ヵ国の強制外交手段で危機に立たされた日本側は、ABCD包囲網(エィビイシィディほういもう)と呼んで反発する。

しかしその後、ドイツやイタリア、タイ(シャム)王国など多くの日本の同盟国や友好国、そしてスペインなどのその後の第二次世界大戦に於ける枢軸寄り中立国も満州国を承認する。

そして、国境紛争をしばしば引き起こしていたソビエト連邦も領土不可侵を約束して公館を設置するに至り、当時の独立国の三分の一以上と国交を結んで安定した状態に置かれた。

またアメリカやイギリスなど国交を結んでいなかった国も大企業の支店を構えるなど、人的交流や交易を行っていた。

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by mmcjiyodan | 2015-12-09 19:10 | Comments(0)  

ヤルタ会談(ヤルタ密約)

第二次世界大戦と大東亜戦争の勝敗が明らかになりつつあった千九百四十五年(昭和二十年)二月、アメリカのフランクリン・ルーズベルト、イギリスのチャーチル、ソ連のスターリンがソ連領クリミア半島のヤルタで協議を行った。

ここでルーズベルトはスターリンに、ドイツ降伏の三ヵ月後に日ソ中立条約を侵犯して対日参戦するよう要請する。

ルーズベルトはその対日参戦の見返りとして、日本の領土である千島列島、南樺太、そして満州に日本が有する諸々の権益をソ連に与えるという密約を交わす。

その中には、日露戦争後のポーツマス条約により日本が得た旅順港や南満洲鉄道といった日本の権益も含まれていた。

日本には認めないとあれほど言い張ってきたアメリカが、満洲の権益を共産主義のソ連には認めた訳である。

アメリカの提唱してきた「門戸開放」なるものは、これで単なるまやかしにすぎなかった事が露呈される。

ルーズベルトは、日本に対するアメリカの勝利をさらに確実にするためにはいかなる事をしてでもソ連に参戦してもらいたかったのである。

ソ連はこの密約を根拠に、千九百四十五年(昭和二十年)八月の終戦間際に、日ソ中立条約を一方的に破棄して満州、千島列島、樺太に侵攻を開始する。

これが、ソ連対日違約参戦(それんたいにちいやくさんせん)の開戦経緯である。

そしてこのヤルタ密約こそが、その後の日本とソ連(ロシア)の間の「北方領土問題」の原因となっている。

このヤルタ会談の結果、第二次世界大戦後の処理について、イギリス・アメリカ・フランス・ソ連の四ヵ国はヤルタ協定を結ぶ。

ドイツの戦後の分割統治やポーランドの国境策定、バルト三国(エストニア、ラトビア、リトアニア)の処遇などの東欧諸国の戦後処理を発表した。

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by mmcjiyodan | 2015-12-01 16:15 | Comments(0)