氏族(うじぞく)
その後、紀元前千五年前からの五百年間の頃より日本列島に中国大陸・朝鮮半島などから一族を率いた渡来移住者が多数、勝手に土地を占拠して定着し始め、小国家を形成する。
この小国家が倭の国々で、この時渡来した移住者一族が「縄文人」を制圧して上位に立ち、「縄文人」を未開人の「蝦夷族(えみしぞく)」と呼んで俘囚化し、自らは「天孫族(てんそんぞく)」と言う支配階級を形成して君臨する。
「縄文人」と後期に渡来した移住者一族との間で混血が進み「弥生人」が形成される中、小国家群である倭の国々の国主(くにぬし・国造/くにのみやっこ)が統一に向かって大国主(おおくにぬし・大王/おおきみ)を頂き、大和朝廷の成立を見て国家の体裁を整えて行く。
やがて、その支配階級を形成する自称・天孫族(てんそんぞく)が支配階級の固定化を図り、「氏姓制度(しせいせいど)」を制定して氏族(うじぞく)となり、氏族(うじぞく)の下に良民と賤民(せんみん・非人/奴婢・俘囚)の階級社会を成立させる。
この氏姓制度(しせいせいど)に拠って、日本列島に血統至上主義が支配する社会体制が成立した。
尚、近年の「共通の祖先を持つ血縁集団」と言う氏族(うじぞく)の解釈は、千八百七十一年(明治四年)明治新政府発布の戸籍法に基づいて、翌明治五年に編製された壬申戸籍(じんしんこせき)発効以後の事である。
氏姓制度(しせいせいど)に拠って、氏族(うじぞく)と呼称される支配者身分が成立し武士身分を自称する。
その支配階級・武士身分を日本列島で喰わせられる社会生産性は人口のほんの五パーセントしかない。
つまり「武士道」を実践していたのは日本人のほんの一部しかなかった。
その「武士道」を全国民に植え付けたには時の軍事政権が日本総軍国化を目論んで教育を施したからに他ならない。
【氏神(うじがみ・氏上)】へ続く。
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