山木(平)兼隆(やまき・たいらの・かねたか)
桓武平氏流大掾(だいじょう )氏の庶流和泉守・平信兼の子で大掾兼隆(だいじょうかねたか)とも名乗った検非違使少尉(判官)だった。
しかし理由は不明だが、父・平信兼(たいらののぶかね)の訴えにより罪を得て伊豆国・山木郷に流され、郷の名・山木を名乗る。
その頃、平清盛が軍勢を率いて京都を制圧、後白河院政を停止した治承三年のクーデター後、懇意があった伊豆知行国主・平時忠により兼隆は伊豆国目代に任ぜられた。
山木兼隆が不運だったのは、流罪で伊豆に流されて来た源氏の棟梁・源頼朝(みなもとのよりとも)の愛人・北条政子(ほうじょうまさこ)との婚姻話が舞い込んだ事である。
北条政子(ほうじょうまさこ)の強烈なアプローチに堕ちた源頼朝(みなもとのよりとも)と政子の間に子が為されたのだが、それを知った父親の北条時政(ほうじょうときまさ)は、平家の矛先が自分に向かう事を恐れる。
北条時政は、平家の伊豆国代官・山木(平)兼隆(伊豆の国目代・判官)に政子を「嫁がせよう」と画策する。
田舎小領主の時政にすれば、源氏の流人と自分の娘が縁を結ぶなどとんでもない。
それだけで、清盛の「敵に廻った」と見なされる。
時政は「我が家門大事」で、飛ぶ鳥落とす勢いの平家(清盛一族)に逆らうなど、危険極まりないのである。
父・時政の思惑もあり、熱心に縁組運動をした為に政子に山木(平)判官兼隆から縁談が来たが、政子の方は不満だった。
平家の伊豆目代・山木(平)判官兼隆は、都に常駐して中央政府を仕切る平家(平清盛一族)の遠隔地の所領管理を代行する傍ら、伊豆国を取り仕切る地方政府の長(代官=検非違使)だった。
地方郷士の父・時政にすれば、平家の危険人物・流人の源頼朝と出来てしまった娘を山木(平)判官兼隆に押し付けて北条家の安泰を図ったのである。
しかし政子にして見れば、元はと言えば一度都で失敗して伊豆国に流されて流人身分だった兼隆が、赦免されて伊豆目代に登用された経緯があり、先の出世は知れている。
山木判官は平家の伊豆目代としてこの地にあり、伊勢平氏の祖・平維衡末裔の平ブランドで清盛平家とは血統も近かったが正統・清盛平家ではなく、精々伊豆の国で威張る程度の身分で終る事は目に見えていた。
北条(平)政子が当時特異な存在の女性(にょしょう)だったのは、その行動からも明らかである。
日本史に於いては、基本的に婚姻関係が神代から続く「誓約(うけい)の概念」をその基本と為していた。
氏族社会(貴族・武家)では正妻・妾妻と言う変形多重婚社会の上、家門を守り隆盛に導く手段として「政略婚」や父親や夫からの「献上婚」などが当たり前であり、おまけに主従関係を明確にする衆道(男色)も普通の習俗だった。
その禁を破ってでも肉体(からだ)を餌に、流人とは言え源氏の棟梁・源頼朝と折角懇(ねんご)ろになり、姫まで為したのに父の北条時政が清盛平家の威光を恐れて山木(平)判官兼隆と婚儀を結んでしまった。
このままでは自分は伊豆の田舎で、目代(出先の役人)の女房で終ってしまう。
所が、北条(平)政子はその並外れた野心故に、親の薦めた政略婚相手を親に攻め滅ぼさせてでも源氏の棟梁・源頼朝の押しかけ女房に納まる決意をする。
野心旺盛な北条政子は、一計を案じて祝言の日取りを三島大社の大祭の日に合わせ、源頼朝に囁いた。
「わらわは、祝言の夜に必ず山木館より抜け帰る故、必ず兼隆を討ち取っておくれ。」
祝言の夜に政子が逃げ帰れば言い訳が利かないから、流石に優柔不断の頼朝も、慎重な父・時政も腹を括るより他は無い。
結果として政子の思惑通りに、父・時政は源頼朝を担いで旗揚げをする状況に追い込まれた。
この山木(平)兼隆の殺害こそが、北条政子の「殺戮(さつりく)の天下取り」の始まりだった。
婚礼当日に逃げ出した恋人の下に逃げ戻る・・・源頼朝と北条政子の物語を、今風に描けば大恋愛になるかも知れない。
時代考証を無視して物語を作る作者が多いが、それは現代的なものの考え方の方が読者には受け入れ易いからである。
しかし北条政子が恋したのは、明らかに源頼朝にではなく「源氏の棟梁」と言う血筋だった。
それが証拠に、天下の権力を奪取した後の北条政子は鵺(ぬえ)と成り源氏の血を喰らい尽くして北条得宗家を確立させている。
当時の女性の価値観は実家や先方の血筋と言った現実が大事で、現在とはかなり違うものだから男女の恋愛の形も違って当然である。
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北条政子(ほうじょうまさこ)については第二巻の主要登場人物です。記載項目が多過ぎてブログでは書き切れません。詳しくは皇統と鵺の影人・本編の第二巻をお読み下さい。
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