秀吉の紀州(根来衆・雑賀衆)征伐
不運にも残されたのは、紀州の雑賀衆・根来衆や四国の長宗我部元親(ちょうそかべもとちか)らで、信雄・家康が秀吉とそれぞれ単独講和してしまった為に孤立し、それぞれ豊臣秀吉(とよとみひでよし)の紀州攻め・四国攻めにより制圧される事になる。
いずれにしても織田信長(おだのぶなが)の後を継ぎ、実質天下を取った秀吉の手法は、信長の武力圧制政策をなぞっていた。
その思考の中では、領主の統治から独立した自由武装組織など容認できない。
それらは一気に掃討して、新しい秩序を確立する必要が有った。
興味深いのは、小牧・長久手の合戦があくまで「秀吉と家康の間のもの」として捉えられていると言う事である。
これは他の資料もそうで、本来の一方の主役は家康では無く信長の息子信雄の筈なのだが、根来衆・雑賀衆(紀州)側では家康が主役と見ているのである。
家康の手が、松平家累代の伊賀との地縁を生かして、以前から「太田党を含めて根来衆などにも伸びていた」と考えられ、家康の高度な政治工作の一端をのぞき見る事が出来るかと思う。
この裏には、源平合戦時に三河の国足助に家を興し、その後三河松平氏に従った鈴木家の存在を忘れてはならない。
江戸幕府では旗本衆に残ったこの鈴木家は、元は熊野の雑賀衆鈴木党総領三郎重家が、源義経(みなもとよしつね)の身を案じて吉野山中より従い衣川館で討ち死にした(実は脱出した)時の身内、叔父の鈴木(七郎)重善が、三河鈴木党として郷士化して小城主になったものだ。
いずれにしてもこの鈴木家、家康の配下として、吉野熊野の伊賀に強い関係があったのは言うまでもない。
天正十三(千五百八十五)年三月、秀吉は十万の大軍を率いて紀州(根来衆・雑賀衆)征伐に向かった。
秀吉にすれば、旧主君の信長時代から手を焼かせていた上に小牧長久手の戦いで敵に回った連中で、ここで決着をつけて置かねば天下人には成れないのである。
雑賀、根来にとって、これが「最後の戦(いくさ)」となった。
根来衆は真言宗、雑賀衆は一向宗で宗派は違うが、何代にも渡って親交があり、経済的には同盟圏内にある。
この際、秀吉の方には根来衆・雑賀衆の別などない。
相手が根来・雑賀を「諸共に葬り去ろう」と言うのであれば、共闘するしかない。
「先に根来寺を焼き払い、続いて太田城と小雑賀中津城を攻めよ」の号令の下、十万の大軍が紀州勢に攻めかかった。
当時の根来衆全体の統率者は、河内国交野郡津田城主で河内の悪党・楠木正成の末裔を自称していた津田周防守正信の長男算長(かずなが・監物)を頭とする津田一族だった。
同年同月、僧兵大将津田監物、杉ノ坊照算などが討ち死にする。
主将の討たれた根来寺にもう余力はなく、二~三の堂宇を除いてほとんどが炎上、焼失した。
雑賀衆は、言わば氏族の共同体(郷士の武士団) だった。
戦国大名家のような「専制君主制」 の形態ではなく、雑賀郷を幾つかの武士団の棟梁が代表で合議運営する「共和政体」 だったのである。
その雑賀郷を豊臣秀吉に攻められた時、雑賀衆が窮地に陥入って団結が壊れ、議論紛糾して内部分裂を招いた。
それでも、雑賀の棟梁・雑賀孫市(さいがまごいち)は、秀吉軍を迎え撃ったのである。
この炎と共に、戦国をその優れた鉄炮軍団をもって駆け抜けた傭兵集団・雑賀衆、根来衆も滅び去ったのである。
泉識坊など一部の僧兵大将はかろうじて脱出し、「土佐へ落ちて行った」と言う。
秀吉の紀州(根来衆・雑賀衆)征伐には、大きな後日談がある。
この土佐落ちの一連の経緯の中に、それから約三百年後の明治維新に現れる英雄の先祖も、ヒッソリとまぎれていたのである。
めぐり合わせだろうか、秀吉の雑賀・根来征伐に抗しきれず、土佐に逃れた落人(おちゅど)の中から、思いも寄らぬ形で明治維新に大きく関わる英雄が現れるので楽しみにして欲しい。
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