長篠の戦い(ながしののたたかい)
長篠の戦いに敗れて以後の武田家中は、武田(源)勝頼(たけだ・みなもとの・かつより)の求心力の衰え、軍費負担の不満から投降、寝返りが続出、最早戦国大名家の態を維持出来なくなって、勝頼自信家臣を頼って身を寄せ歩いて居た。
千五百八十二年(天正十年)武田氏所縁(ゆかり)の地である天目山近くの合戦で力尽き、嫡男の信勝や正室の北条夫人とともに自害し、甲斐源氏・武田氏は滅亡した。
ここに、武田(源)信玄が標榜した人の石垣も人の城も脆(もろ)くも崩れ去り、源頼信以来五百年間続いた甲斐源氏・武田家も滅んだのである。
武田最強騎馬軍団について、織田信長は「恐れていた」とか信玄の急死に「たすかった」とか言われるが、我輩はそうは思わない。
元々戦(いくさ)は、戦術情報宣伝に拠る撹乱戦(神経戦)を含んでいる。
最強騎馬軍団も、そうした戦術(兵法)のひとつとして相手の戦意を失わせる目的を持って喧伝されたものであり、本当に最強であれば、モタモタと上杉謙信との川中島戦の決着が長引くのは理屈に合わない。
織田軍団の近代化は、武田方を遥かに凌(しの)いでいたはずで、信長は充分に武田方の戦力や戦術(兵法)は把握して居り、勝利する準備は出来て居たのである。
その辺りの時の流れに武田軍団は取り残され、「過去に勝ったから戦術(兵法)に間違いではない」と言う根拠に成らない既成概念を拠り所に、「近代化が遅れていた」と推測できる。
後世の歴史家や小説家が、過去の栄光を根拠に近代化が遅れた武田軍団を、当時の武田家首脳と同じ理由で武田軍団を最強騎馬軍団と評価するのは、素直過ぎて「いかがなものか」と考える。
困った事に一度定説イメージが出来ると、中々別の見方が出来ない事が、歴史を狭めている。
武田騎馬軍団の武士の意識は、当時の旧態然とした一対一の斬り合いの集積だった。
それに対して、織田軍団は雑兵まで有力な戦力として使えうる団体戦の戦術(兵法)訓練を浸透させ、組織的に鉄砲(種子島)を使った。
つまり、織田軍団と戦う武田軍団は、想定外の戦いを強いられる計算になる。
「飛び道具とは卑怯千番・正々堂々と切り合いで勝負しろ。」と侍(サムライ)のセリフで倫理観を主張する時代も戦に鉄砲(種子島)を重視する時代も経過して時代の常識は変化している。
剣術熟練の既得権益を侍(サムライ)の常識を認めて居たら武田騎馬軍団を絶滅した織田信長の「長篠の戦.鉄砲(種子島)戦」の勝利は無かった。
千五百七十五年の長篠の戦いに於ける織田方の「鉄砲の三段構え戦法」について、最近では否定的な意見が多い。
三段連射は「技術的に難しい」と言うのだ。
もっとも、鉄砲の三段構え戦法所か武田騎馬軍団の存在さえ否定的な意見がある。
そもそも、織田軍・武田軍の兵力数、織田軍の手持ちの鉄砲の数さえ異説があり、千丁~八千丁と幅が大きい。
しかし織田軍の鉄砲の威力が、長篠の戦いの戦闘の勝敗に影響を与えた事には違いが無い。
なぜなら、織田方の武将の損失は軽微なのに、武田方の信玄以来の名将であった顔ぶれが多数戦死してしまったからである。
織田方の鉄砲軍団の主力が、熟練の鉄砲軍団、雑賀孫市が引き入る傭兵軍団・雑賀衆の三千丁ならば、三段連射の照準合わせは「技術的に可能」ではないのか?
寄せ手の武田騎馬軍団の武士の意識は、当時の旧態然とした武士の兵法、一対一の斬り合いの集積だった。
騎馬軍団と言っても、騎馬は将官クラスだけで、残りは徒歩(かち)で追いかけて来る。
将官クラスが一斉に騎馬姿で攻め寄せては来るが、そこから先は個人戦の戦法だった。
その寄せ手を柵で防ぎながら三段構えの鉄砲がローテーションしながら火を吹いた。
騎馬姿の将官クラスは、一段高い位置に在って、良い鉄砲の的だった。
「ダァダァ~ン、ダァダァ~ン」
一斉射撃が合間無く放たれる。
寄せ手の武田騎馬軍団は、織田方の防御柵を超えられぬ内にバタバタと撃ち落され、或いは馬を射られて落馬した。
一説には、武田騎馬軍団は、馬が織田軍の鉄砲三千丁にの銃声に混乱をきたし、馬のコントロールが出来ずに「統制を失ったのが敗因」とも言われている。
武田軍団の布陣は、絶対的な自信を持つ翼包囲(の陣)を狙った陣形である。
武田軍団は幾度となく劣勢な兵力で優勢な敵を破った例があり、武田勝頼は兵力的に劣勢でも自軍勝利に自信を持っていた事に変わりは無い。
つまり勝頼の自信は、過去の結果をその拠り所としているだけで確証がある訳ではなく、現実には根拠に乏しい事だった。
たとえ当初の目的が威嚇撹乱(いかくかくらん)戦(神経戦)から始めた戦術情報宣伝、無敵騎馬軍団流布であっても、時を経て代が変わると当事者までもがまるで信仰のごときに盲信される事例は数多い。
武田勝頼は有能で勇敢な武将だったが、哀れ世間知らずの坊ちゃま大名の側面を持っていた事になる。
【第三巻】に飛ぶ。
皇統と鵺の影人
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